私がドラマーとして1999年から2010年まで所属していた ムンク

について、やはりこのブログで書いて来た、タイミングが悪い

出来事がありました。

 

1999年の暮れの押し詰まった時にムンクのリーダーのオファーで

初めてスタジオに入ったのですが、それは2000年2月5日に

当時梅田に存在した ヒートビート で社会人バンドウォーズ2000

が開催され、そこに ムンク として出演する為に、私が

ドラマーとして招集されたのでした。

 

2000年に入ってからスタジオリハーサルをした時に、

林(りん)さんと言う中国人の女性がボーカルとして参加して、

その時私は初めて林さんとお会いしたのでした。

 

林さんはその1年くらい前から ムンク のボーカルとして活動を

していたのでした。

 

なかなか綺麗な女性で会話も楽しく、私は林さんを気に入った

のでした。

 

林さんも私のドラミングを気に入ってくれて、2月5日の

社会人バンドウォーズのステージはとても上手く行ったのでした。

 

それから一か月後の3月4日にも、今度は伊丹市民会館の

大ホールでまた ムンク として出演し、それも良い感じの

ステージになったのでした。

 

林さんもその2回のステージでボーカリストとしてのボルテージが

上がって、ボーカルスクールに通おうか、みたいな事まで

言いだしてかなり盛り上がったのでした。

 

・・・・が、しかし、林さんはその年の5月に中国人の男性と

結婚する事が既に決まっていたのでした。

 

5月13日に梅田のリッツカールトンで林さんの結婚二次会

としてホテルの一室で ムンク で演奏をしました。

 

その時は林さんはギャラリーに徹してボーカルはせず、

我々のステージを観覧するのみの立場でした。

 

その後も林さんはムンクで活動する機会があればやりたい、

と言う意思を持ってくれていたのですが、何と7月に急に

中国で暮らす事になって、日本を離れる事になってしまった

のです。

 

7月のある日、林さん抜きの ムンク のメンバーで

スタジオリハーサルをしていたら、途中で林さんが顔を出して、

それが最後のお別れになってしまったのでした。

 

あの時、林さんを含めてムンクのメンバーはこれからもこの

メンバーでまたライブをやろう!と言う気持ちを持っていたのに、

結局林さんは中国へ帰ってしまう事になって、

それっきりになってしまったのでした。

 

と言う事で、またも私がドラマーとして気に入ったメンバーが、

短期間私と一緒に活動をしただけで、私と一緒に活動を

する事が出来なくなってしまった、と言うお話でした。

 

このタイミングの悪さは一体何なのか・・・・?

 

やっぱり私はドラマーとして何かに呪われている、

としか思えないですねえ。

 

一体何が私を呪っているのでしょうか?

 

出来れば私を呪わないで欲しいんですけどね。

 

はっきり言って、凄く迷惑です。プンプン

 

これからも私はドラマーとして、あんまり良い事は無いので

しょうね。

 

個人練習はこれからも続けますが。真顔