ここ最近のブログでラインデリアの事を書いていますが、
私が中学3年の頃から近鉄に頻繁に乗りに行くようになったのは、
阪神電車の7835形が冷房改造されてしまってから5年の月日が
経っての事でした。
私は7835形が非常に好きだったのに、冷房が取り付けられて
しまった事で興味が薄れていたのですが、昭和55年の春に
ある事がきっかけで近鉄に乗りに行くようになってから、
近鉄にはまだ冷房改造を受けていないラインデリア車が多数
使われている事を知り、阪神電鉄7835形の冷房改造前の
面影を求めて、近鉄のラインデリア車に夢中になっていたのかも
しれません。
それくらい私にとってラインデリア車は興味深い鉄道車両で
あったと言う事です。
それに近鉄に乗り行った帰りは必ず日本橋で下車して、
大阪地下鉄堺筋線に乗って、一旦阪急京都線の淡路まで行って
そこから梅田方面に向かって神戸線で帰宅していましたが、
この行動も堺筋線に乗り入れている阪急電鉄3300系に
乗車するのを目的としていました。
阪急電鉄3300系は神戸線用の5000系と共通設計の部分が多く
阪急電鉄5000系も昭和49年には全車冷房改造工事を受けて
私が好きだった枠が四角形の独特のカッコ良いファンデリアが
撤去されてしまったのですが、3300系の天井には5000系と同じ
形のファンデリアが取り付けられていて、私にとって6年ぶりの
枠が四角形のファンデリアとの再会だったのでした。
その当時、5000系以外の3000系、3100系、2000系、2100系、
1000系、1100系、1600系にはまだまだファンデリアのまま使われている車両が存在していましたが、
それらは丸形の枠のものであり、
そのタイプのものは大阪地下鉄の車両にも多数使用されても
いたのですが、枠が四角形のカッコ良いファンデリアは、
阪急電鉄3300系に取り付けられているのみとなっていたの
でした。
しかも昭和55年の時点では、大阪地下鉄堺筋線内では
冷房装置の使用が許可されていなかったようで、
堺筋線乗入用の阪急3300系は1両も冷房改造工事を
受けておらず、その事も私にとっては嬉しい事だったのでした。
なのでその頃はこれからまた枠が四角形のファンデリアを
ずっと見ていられるのだと幸福な気持ちになったのでした。
しかし私のそんな幸福な状態は長くは続かなかったのです。
昭和56年12月にとうとう3300系の冷房改造車が登場して
しまったのでした。
それ以後は当然のごとく、順次3300系の冷房改造工事が
進捗して行き、昭和61年には遂に私が大好きだった
枠が四角形のファンデリアは消滅してしまったのでした。
丁度同じ頃、近鉄のラインデリア車も全車冷房取付が完了し、
私が心底愛した車両達は、私好みではない姿に
なってしまったのでした。
このブログでいつも書いている通り、私が好きになったものは、
短期間で消滅してしまうのです。
そんな事をずっと繰り返しながら人生を歩んで来てしまったのだあ
とあらためて感じてしまいます。
だから今、私はあまり色んなものを好きにならないように
しているのです。
阪急電鉄3300系の冷房改造はおそらく大阪地下鉄線内の
冷房使用の規制が緩和された事によるものだと思います。
まあ時代的にも既に冷房車がどんどん増備されていた時期
でもあるし、あのまま何年も非冷房のまま3300系が使われる
事はなかったのでしょうけど、私にとっては折角の四角形の
枠のファンデリアに再会出来たと喜んでいたのに、
僅か1年半程度で冷房改造工事が開始されてしまうとは・・・。
勿論一斉に全車両の冷房改造工事を完了する事は出来ない
ので、その後も非冷房の3300系に乗る機会はありましたが、
大阪地下鉄の協定に基づいた、冷房改造をされる心配がない
状態でもっと長い間、四角い枠のファンデリアを楽しんで
いたかったと思います。
近鉄のラインデリア車にしても、五位堂工場が完成してから
冷房改造工事のピッチが上がったようで、何だかあっと言う
間に全車両が冷房化されてしまい、私が楽しい想いを
したのはほんの数年間だったなあと、本当に寂しい気持ちに
なってしまうのでありました。![]()