前々回のブログでTHE WOODのデビューシングル曲である
ロンリネス は、もともとレイニーウッド単独アルバムに収録予定
の楽曲である事を書いたのですが、レイニーウッド単独アルバム
について、先行予約受付までされていた事を、昨年初めて
知ったのでした。
昨年3月のチキンジョージでのレイニーウッドのライブ後、
ファンの方達と居酒屋で飲んだのですが、その時にある方から
そのアルバムの予約までしたのに、発売中止の知らせが来て、
がっかりしたと言う話をお聞きしたのでした。
1981年の夏頃、私が通っていた高校で、誰かが学校に持って
来ていた音楽雑誌を読んで、レイニーウッド単独のアルバムが
発売されると言う事を私は知ったのでした。
しかしそのアルバムは発売される事は無かったのでした。
THE WOODのメンバー全員で執筆されていたエッセイ
So Far Away の中で、サックスの鈴木明男さんが
書かれていたのですが、オケ録りが終わったところで、
何故かオクラになってしまったとの事でした。
このアルバムも、レイニーウッドのメンバーの意志ではなく、
プロデューサーの知久さんが中心になって企画されたものの
ようでした。
発売中止になった理由ははっきりとは分かりませんが、
おそらくボーカルの部分で、企画が頓挫したのではないか?
と思います。
柳ジョージ&レイニーウッド は、ジョーちゃんの鉄壁のボーカル、
レイニーウッドの鉄壁のサウンドとコーラスをもって
作品が作られていた訳ですが、レイニーウッド単独のアルバム
となると、ジョーちゃんの鉄壁のボーカルに代わる何かが
なければ、結局柳ジョージ&レイニーウッドからただ単に
パワーダウンしただけのアルバムになってしまう事になり、
企画を立てた知久さんの判断で結局発売中止になったのだろう
と推測しています。
おそらく鉄壁のコーラスワークを展開していたレイニーウッドに
期待をして作らせたのでしょうけど、メインボーカルとなると、
コーラスとはまた別物になってしまうと言う事で、
上記の結果になってしまったのかなあと思います。
柳ジョージ&レイニーウッドのラストアルバム SAYONARA に
収録されていた シュガーマザー は私が大好きな楽曲ですが、
これももしかしたらレイニーウッド単独アルバムに収録予定の
楽曲だったのではないかと推測しています。
何故ならこの楽曲は終始レイニーウッドのコーラスのみで
ボーカルが取られており、ジョーちゃんは全く参加していない
のです。
またインストロメンタルの鈴木明男さん作曲の
グッバイ ビッグ ブラザー ももしかしたらレイニーウッド単独の
アルバムに収録予定だったのではないかと考えています。
コーラスで完結した楽曲とインスロトメンタルだけでアルバムを
構成すると言う訳にも行かず、結果的に発売中止となって
しまったのでしょう。
結局、このアルバムの発売中止と、知久さんからの一方的な
柳ジョージ&レイニーウッド解散宣告を受けた事が、
当時レイニーウッドのメンバーが、フリーウェイを離れる事に
なった原因なのでしょうね。
1981年7月に事務所近くの中華レストランにレイニーウッドの
メンバーだけが招集され、そこで知久さんから
”実は今年限りで柳ジョージ&レイニーウッドは解散に決まった”
と一方的に宣告を受け、その後の活動方針について、
特に具体的な指示がなかったそうなので、メンバーにしてみたら
不安と不満しかなかったでしょうからね。
レイニーウッド単独のアルバムも発売中止になってしまったし。
前々回のブログで書いた通り、作品を作る部分においても
知久さんがかなり介在する割合が大きかったから、
いつの間にか柳ジョージ&レイニーウッドはメンバーのもの
ではなく、知久さんのものになってしまって行ったのでしょう。
プロのアーティストって、やっぱりアマチュアのアーティストとは
全く違うんですねえ。
特に売れて来るとますますそういう要素が強くなってしまう
のでしょうね。
それとやはりプロデューサーの力と言うものが、
いかに絶大なものかと言う事を思い知らされます。
彼らほどの実力を持ったバンドでさえ、プロデューサーの知久さん
の思惑に左右されていた訳ですからね。
それでも私はこれからも柳ジョージ&レイニーウッド、
レイニーウッド、THE WOOD のファンであり続けると
思います。![]()