最近何故か昔、当時の国鉄に乗車していると西宮のあたりを
走行している時に、南側の車窓から見えた白い円形の建物が
あった事を思い出して、今もあれはあるのだろうか?
と思ってWEBで色々検索してみたらヒットしました。
もう40年近くも前に倒産して建物も取り壊されているそうですが、
クリスボンと言うレストランだったとの事。
阪急電車の車窓からでも確か見えたと思います。
当時はまだ三宮から東へ行くことがあまり頻繁ではなかったの
ですが、特に国鉄に乗車している時に西宮あたりになると、
クリスボンの建物が気になって、わざわざ南側の座席に
座るようにしていたのを思い出します。
私はてっきり1995年の阪神淡路大震災の時に建物が被災して
なくなってしまったのかとも思っていたのですが、そのずっと前に
既に取り壊されていたのでした。
凄くインパクトのある建物でした。
当時私は西宮界隈に行く用事は皆無と言って良かったので、
クリズボンに入る機会もまずなかったのですが、
店内の写真もWEBでアップされていたりして、それを観ると
一度くらいは入ってみたかったなあと思います。
そしてクリスボンが写っている写真などを観て感じるのが、
今よりあの頃の方が色んな意味で私にとっては面白かったなあ
と言う事です。
街全体の雰囲気にしても、クリズボンの存在そのものにしても。
今、あんな感じのお店って無いと思うんですよねえ。
ある記事を読むと1969年に出来たと書かれていたので、
1981年には既に営業をしていなかったそうで、
実質10年程度しか営業をしていなかった事になりますが、
わざわざこのブログで書きたくなるような、
本当にインパクトの強い建物でした。
どんなメニューを取り揃えて営業をしていたのかは
分かりませんが、レストランと言う業務形態であれだけの規模の
建物を運営するにはかなりの経費もかかったでしょうから、
経営効率は良くなかったのでしょうね。
そんな事にも時代を感じてしまいますね。
今なら開店の前にPCのソフトなどを使って、
経営シュミレーションをした上でお店の経営規模などを
決めて行くのでしょうけれど、
当時はそんなものもなかったし、あったとしても今のように
ソフトが普及していなかったから、
経営者の夢やら想いやらが大きく影響して、
あのような規模で開店したのかなと思います。
でもその方が色んな意味で夢があって楽しいのかなあ、
と思います。
だから今はあんな雰囲気の建物も見なくなったんでしょうね。
私はあの斬新さの中にもアナログ感満載の、クリスボンのような
建物が建っている街の風景が好きだったのだと今、気付きました。
現在のデジタル感覚の街並みは、私にとっては性に会わない
と言う事を感じてしまうのでした。
そしてやっぱり私は昭和の人間なのだなあと、
クリスボンの写真を見て、しみじみ感じてしまいました。![]()