昭和59年(1984年)のお正月に

青森県の当時国鉄の五能線に乗りに行きました。


目的はそこを走る

オハフ61型客車

に乗ることでした。


オハフ61とは、

大正時代に作られた木造客車の

台枠、台車、網棚受け、座席台座、扉の鍵

など主に金属で出来た部分を流用して、

新しい鋼製車体を組み上げた客車です。


これらは

昭和25年~昭和31年にかけて700両程度が

作られました。


と言うことは昭和29年製の

車両であればその時経年30年と言う事になります。


車内は壁面、床、天井板、窓枠、車内の扉、

座席の枠がすべて木製で、

座席の背もたれは木の板がそのまま使われていて、

座ると背中が痛くなる、そんな車両でした。


照明も蛍光灯ではなく、

乳白色のガラスグローブに入れられた白熱灯で、

ニス塗りの車内と相まって、

トンネル内や夜間の走行時の車内は

いかにもノスタルジックな雰囲気なのでした。


夏は扇風機すらついていませんでした。

天井にはベンチレーターを兼ねた

白熱灯が中央一列に取り付けられていただけ

でした。


そしてその昭和59年に製造された新車が、

今年で経年30年になります。


つまり、私がオハフ61に乗って、

”古い客車やなあ・・・・・・・・・・・・”

と感慨に耽っていた時と、

同じ年齢になるのです。


昭和59年に製造された鉄道車両が

経年30年になったところで、

昭和59年にその当時経年30年になっていた

オハフ61

に乗る時のような感慨が全く起こりません。


それはその間の技術の進歩や材質の変化、

車両の構造やデザインも全く違っている訳だから

当たり前の話なのですが、

あの昭和59年に乗ったオハフ61と、

その年に製造された車両が今や同じ年齢に

なってしまった事に気付くとき、

私自身も随分長い間生きて来たもだなあ・・・、

思えば遠くへ来たもんだ、

とつくづく感じるのでした。


前にもこのブログで京成電車の事を書いたときにも

書きましたが、

私はやはり30年前の鉄道の姿に感動し、

好きになっていたことに気付かされます。


もしもオハフ61が現在も現役でいたとしたら、

経年60年と言うことになり、

昭和59年に抱いた感慨とはまた別の感覚で

車両を見ることになるのだろうなあと思います。


タイムマシンに乗る以外に方法はないけれど、

出来る事ならもう一度、現役のオハフ61に揺られて、

ゆったりと旅をしてみたいものです。