今日やっと届きました。


1981年12月19日 武道館で行われた

柳ジョージ&レイニーウッド のラストコンサート

の完全盤CDが。


全曲洩れなく収録されていて、MCも完全に収録されています。


1982年に当時のLP盤で、このコンサートの模様を

何曲か選定したものとMCの大部分をカットしたものが発売され、

当時から勿論それを聴いていましたが、

今日届いたものはそのLP盤から洩れた数々の楽曲、MC、

そしてドラムソロなどが完璧に収録されているものです。


今更ながらやっぱり 柳ジョージ&レイニーウッド は凄いバンドだ!!

と感じました。


当時あまりにも鮮やかな解散劇で、

何故今この素晴らしいバンドが解散しなくてはならないのか??

と16歳だった僕は残念で悔しくて悲しくてやるせなくて腹立たしくて

どうしようもない想いを持て余していました。


今、あの当時の解散劇を振り返ってみると色んな憶測が頭の中を

飛び交います。


当時、彼らをプロデュースし、現在もJ-WALKのプロデューサーである

知久悟司氏が手詰まりになったのかも知れないなあ・・・・、

と言う気がしています。


あまりにも ”完成されている” からです、

当時の 柳ジョージ&レイニーウッド が。


知久氏も彼らの才能やセンスを持て余すようになったんじゃないのかな?

この先どんな方向性を持って彼らをプロデュースして良いか、

分からなくなってしまい、そして一方的に解散を勝手に決めたんじゃないか?

実際、彼らが解散を宣告された1981年7月の日は、

ジョーちゃんではなく知久氏がそれを行ったのでした。


しかも知久氏はレイニーウッドのメンバーに対して、

”実は今年限りで 柳ジョージ&レイニーウッド は解散に決まった”

と、ほとんど事後報告とも言える状態で彼らに伝えたのです。

相談も何もなしにです。


その事はレイニーウッド解散後に彼らが THE WOOD を結成した際、

彼ら自身がエッセイを発表し、その中でサックスの明男ちゃんが

コメントしていて、僕もその事実を知ったのです。


当時の週刊誌にはジョーちゃんがレイニーウッドのメンバーに一生懸命説得した、

みたいな事を書いていたのを覚えていますが、そんなの真っ赤な嘘!!!!


まあいずれにしてもこのCDを聴けたことは良かったと思います。


当時武道館で生のコンサートを体感出来た人、

僕のように武道館へは行けなかったけど神戸国際会館で

彼らのラストコンサートを体感出来た人、

その他のコンサート会場で彼らのラストコンサートを体感した人、

ラストコンサートへは行けなかった人、

それぞれの人達が色んな思いを胸に今、

このCDを聴いている事でしょう。



そして今改めて感じたこと、それはあれから30年が経ってしまい、

自分も30年の年齢を重ねた事です。


この30年、僕はずっと 柳ジョージ&レイニーウッド のファンだったのですね。

そしてこれからも、多分死ぬまで。