赤ちゃんがお部屋にきてくれてから、パパが、一度自宅に戻ってシャワーを浴びに帰る以外は、親子三人で過ごしました。

私は、出産時の大量出血のせいで、かなり貧血の値が高くなり、点滴を再度することになりました。
分娩の途中で、手と頭が痺れる事がありました。このときは呼吸のしすぎだったみたいで、ビニル袋に吐いた息を吸うということを繰り返しました。
出産後は頭がクラクラしたり、顔が真っ白になっていました。
そんな状態ではありましたが、智也を眺めてるとあっという間に時間が経っていきました。

夜中は、なかなか寝付けなかったです。夜、見回りにきてくれる看護師さんが、あかちゃんを見て「凛々しいお顔してやーるね」とか声をかけて下さったり、じーっくり見てくださたり、そんな対応が本当に嬉しかったです。
人工死産で、私達の息子、智也は、息をしてないけれど、一人の赤ちゃんとして見て接してくださったこと、本当に心癒される行動でした。感謝感謝でいっぱいでした。
赤ちゃんは男の子だったこと、すっかり人間の形になっていて、爪までできてるとか、色々と自慢してしまいました。
智也がお腹の中にいて生きていた事実を、もっと事実にしたかったのでした。親は、親ばかでいいんだなーなんて思い直しました。周りからの目を気にしすぎていたけど、そんなの関係ないですね!これも、智也のお陰で気づく事ができました。

それからも、色んな看護師さんが立ち代わりやってきてくれました。

12月8日
午後1時14分
350グラム28センチの小さな小さな男の子が産まれました。
パパ、ママ、おばあちゃん、みんなが揃ってるのを知ってるかのようにでてきてくれました。とっても静かに。。。




私達の小さな赤ちゃんと対面したのはそれから1時間後くらいだったと思います。新生児の子と同じベットに寝かしてもらってやってきました。この時に初めて男の子だと知りました。
私の所には女の子が来るもんだーと思ってたので、喜びと驚きの気持ちが湧いてきました。「おとこのこかぁ。私の所にもきてくれたんだね。妊娠中に女の子の胎児名付けてくれたから怒っちゃったのかなー」とか旦那と話ながら赤ちゃんを眺めてました。

耳が旦那に似てるとか、寝顔が長女に似てるとか。そんな会話が虚しいと分かってながらも、赤ちゃんを挟んで私達は話を続けました。

初めて見た時は仏様みたいなお顔だなと思いましたが、時間が経つにつれ、やっぱり可愛らしいあかちゃんのお顔になってきました。眺めてると時間が経つのがあっというまでした。側にいるとピュアな気持ちになりました。隣から離れたくなくてトイレもあまり行かず親子三人の時間を過ごしました。

そして、名前を智也とつけることにし、パパと代わる代わる抱っこしてあげたりしました。
ナースコールのその後、看護師さんが来てくれて病棟のトイレまで行きました。大量の出血でした。それに加え、血の塊も少し出ました。妊娠初期から出血が何度もあたのでその時にできた血腫かと看護師さんに聞いてみました。分からないみたいでした。それから、何か出る感じがしたので、「又出る感じがする」というとタンカーで分娩室まで運ばれました。
分娩台の上で又、沢山の血の塊が出、陣痛もきつかったんですが、まだ赤ちゃんは、さほど降りてきてなくて、もう少しかかるかなーということで、医師は一旦はずされました。
11時半 点滴をつながれ看護師さん2、3人と陣痛に耐えてました。陣痛中はお腹がバスケットボールくらい固く固くなっていました。お腹の赤ちゃんはこの痛みと戦ってたんでしょう。小さな体で大きな試練に立ち向かわせてしまった事、ほんとごめんなさい。自分がこんな状況になったらどんな怖いんだろう。親なのに、子を苦しめるなんてと、そう思うとほんとに申し訳なくなります。

12時頃
主人が到着。
それからも、陣痛が何度も何度も押し寄せました。途中、出血が多くて出血の量を計ってくださいました。
段々と陣痛がきつくなり、降りてきてる感じがしてきました。

1時
陣痛が少し弱くなり、最初の膣座薬投入から3時間にもなるので、医師がきてくるました。一度、内診してくださると、赤ちゃんもうでてくるよ、とのことだったので、そのまま分娩体制に移りました。

自然にいきむと、一度でするっと赤ちゃんがでてきてくれました。温かい感触を味わいました。でも、泣き声はなく、わかっていたもののやっぱりという気持ちが私を支配して現実を思い知らされました。

「きれいにでてきたよ」という声をきいて、少し安心しました。
親として何もできなかったけど、せめて綺麗に産んであげたいという気持ちでいたので、この時はほっとしました。