撮影日 2026.5.5
撮影場所 広島電鉄宇品線 御幸橋電停付近
(1・2枚目は紙屋町付近)
やっと動く姿を撮影出来た元大阪市電の900形913号です。
一時期広電に多数存在した大阪市電車も1750形と合わせ
3両だけとなり、全国でも現役は広電だけとなりました。
(一枚目)
・L系統 循環線外回り運用の913号です。
この913号は近年江波所属で休車だった様で全然見かけません
でしたが、循環線開業で復帰し千田に転属した様です。
そして5月から始まった循環線レトロ電車ダイヤで走る事に
なっていますが、それと別に元々循環線に入っていたらしく
撮影日も公式HPで運行が予定されていた日にちでは無いのに
動いていました。
900形は1969年に14両が導入された車両で、元大阪市電2601形
です。2601形は1956年から1961年にかけ大阪車輛工業で114両
が製造された半鋼製ボギー車で、車体長12,480㎜の大阪市電
「中型車」です。
本系列は当時最新鋭の「和製PCCカー」3001形と同じく流線型
の前面に張り上げ屋根、バス窓で前中引戸の車体を持ちますが、
機器類は大正時代製造の代表的な木造ボギー車1001形(元1081
形)の機器を流用しています。
よって吊り掛け駆動で直接制御、台車は古典的な板バネ式の
ブリル77E、ブレーキは直通空気ブレーキでモーター出力は
37.5kw×2基と、3001形と大きく違った古い仕様です。
車内照明は途中から蛍光灯になりました。
本系列が大阪市電最後の新製車です。
本系列と似た車体を持つ他社の車両としては、阪堺電鉄351・
501形(側窓は1枚窓)、鹿児島市電600形等が存在します。
2626~39の14両のみがワンマン化されましたが、他はワンマン化
されず1969年の大阪市電全廃まで活躍しました。
この内、ワンマン車全車が広電に移籍し900形となっています。
他に非ワンマン車32両が鹿児島市電800形となり、現在は引退
しましたが一部の車両は9500形に更新されています。
(二枚目)
・循環線を通って来て本社前の手前、御幸橋を渡る913号です。
前中引戸で張上げ屋根、バス窓と比較的近代的な車体で如何
にも昭和30年代の新型路面電車のスタイルです(台車以外)。
前面窓はHゴム支持で、左右窓は開閉式になっています。
大阪市電時代から行先表示器脇に系統番号表示器を設置して
おり、現在はワンマン表示を行っています。
この車両は1957年製2638が種車で、元から交流蛍光灯の
グループでした。
広電ではその前に譲渡された750形(元1601・1651・1801形)
と共に市内線で活躍しました。
本系列は広電初のワンマン車となりました。
(一部はツーメン仕様で登場後、再ワンマン化)。
塗色は大阪市電時代のマルーンとベージュのツートンのままで、
以後他社からの移籍車は変更せずに活躍する様になりました。
集電装置は元はビューゲルでしたが、広電移籍時にZパンタと
なり更に近年他の旧型車同様シングルアームパンタとなり
ました。
(三枚目)
・本形式は火事によって1977年に1両が廃車され、残存車は9
両が冷房化されました。屋根上に広電の冷房改造車標準のCU
77Aクーラーと冷房補機のSIVが設置され、同時にモーターも
45kwのものに交換されました。
非冷房車4両は2000年までに廃車されました。
比較的車体は新しいですが、冷房車も廃車が進んでおり遂に
2020年以降はこの913号が残るのみとなってしまいました。
多数活躍した900形も気が付けば1両だけとなってしまい
ました。広電の旧型車は割と重厚な見た目の車両が多く、
軽快な外観の本形式は異彩を放っていますが足回りが
古いせいなのか意外に置換が早く進みました。
尚廃車後韓国やタイに渡った車両も存在します。
そして、鹿児島に行った仲間は9500形として一部が
現役で、車体は載せ替えられ台車も更新されましたが
モーターや制御器は元のままです。
また似た見た目の阪堺351・501形や鹿児島市電600形は
まだ現役なのも嬉しいです。
僅か1両だけとなりましたが、車体更新からも60年以上経過
しても元気な姿を見せる913号の今後の活躍を期待したいです。
次回に続きます。
参考文献 鉄道ピクトリアル NO.688 2000.7 臨時増刊号
【特集】路面電車~LRT
同 No.596 1994.10
参考HP ウイキペディア 関連ページ


