撮影日   2025.1.30

撮影場所  三岐鉄道三岐線 西藤原行き普通車内

      (1枚目は保々駅)

 

前回までの記事の続きで、貨物鉄道博物館の見学を終えた後

次の目的地・東藤原駅に向かう為改めて三岐線の電車に乗り

ました。当初の予定ではその後終点の西藤原駅まで乗車し、

全区間完乗を果たす予定でしたが…。

 

(一枚目)

乗車した西藤原行きは801系の801編成で、ラッピングされた

編成でした。この写真は前に保々駅で撮影した分です。

元西武701系は上信電鉄で撮影した事は有りますが、乗車した

のは三岐が初めてでした。

851系と違いコイルバネの硬い乗り心地で、旧型気動車の様な

ブレーキ音でした。

(二枚目)

乗車したモハ802の車内です。

西武時代と大きくは変わらず、化粧板は薄いピンクで床は

灰色で元401系の101系とは座席以外は余り変わりません。

天井は平天井で白く塗られ、吹き出し口はスポットタイプ

で照明は蛍光灯です。

ドアはステンレス無塗装で、窓はHゴム押さえです。

(三枚目)

この編成は中間のモハ802のみオレンジのモケットでした。

101編成では座面と背面の間にスペーサーが有る座席でしたが、

この編成は一般的な仕様です。

袖仕切りはパイプタイプのシンプルなものです。

妻面は両開きドアの幅広タイプで、妻窓も2段窓です。

窓は上段・下段共に上昇式です。

(四枚目)

こちらは復路で乗車したクモハ801の車内です。

先頭車のモケットは青系となっていました。三岐入線後に

モケット張替を行っているのかもしれません。

吊手は円形、荷棚は金網タイプで荷棚受けは鉄製ホーロー

びきというクラシカルなスタイルです。

戸袋窓の丸さも目立ちます。

(五枚目)

クモハ801の運転台後部です。この区画にも座席が設置

されており、前面展望しやすいです。

仕切り窓は大きめで、仕切り扉はステンレス無塗装です。

今では三岐だけになってしまった元西武701系に3本も乗れた

(801・803・851F)のは誠に幸運でした。

(六枚目)

三岐鉄道では30年以上西武車の天下が続いていましたが、

訪問前にJR東海の211系5000番台を一挙に3連12本も導入、

電車を一挙に置換える事になりました。

丹生川駅の隣の伊勢治田(いせはった)駅には貨物ヤードが

有りますが、ここにも2本留置されていました。

(七枚目)

車窓から撮影した伊勢治田駅の211系です。訪問時は保々

車両区で改造中(恐らくS51編成)だった他、東藤原駅や

更にJR富田駅の構内にも留置されていました。

これだけ見るとJR線内を走っている様に見えます。

(八枚目)

上の車両と別に停まっていたのは元JR東海のLL1編成

でした。写真はクモハ211-5011です。

1988年川崎重工製で、低屋根では無いタイプです。

(九枚目)

ホーム越しで撮影した中間のモハ210-5011です。

いずれも幕式方向幕の編成で、インバータークーラーに

小型方向幕が特徴的です。

転落防止幌は外されていました。

(十枚目)

制御車クハ210-5011です。こちらも1988年川崎重工製で、

三岐譲渡車は全てトイレが無い編成です。

JR時代に車椅子スペース設置改造済みです。

尚この編成は部品取り扱いの様です。

(十一枚目)

211系と後部にはホッパ車が見えます。

広いヤードを持つのは流石に貨物の比重が多い三岐らしい

光景で、他の地方私鉄とは一味違います。

(十二枚目)

この白い車体が目立つホッパ車は太平洋セメント私有貨車の

ホキ1000形だと思われます。

1990年に試作車(901)が登場、その後1995年までに量産車が

33両製造されており日本車輛製です。

運用時は16両編成で使われているとの事で、炭酸カルシウムと

フライアッシュを積荷としており往復で積荷が違っているとの

事です。

(十三枚目)

こちらは東藤原駅で撮影した写真ですが、ここにも211系

が留置されていました。

この姿だけ見ると東日本で高崎地区に残る211系の様にも

見えます。高崎や長野の211系は一部延命工事が行われて

意外にしぶとく残りそうです。

 

次回に続きます。

 

参考文献  鉄道ピクトリアル No.685 2000.5

      臨時増刊号 【特集】関西地方のローカル私鉄

 

参考HP   三岐鉄道車輛大図鑑  

 

      Rail.Lab

 

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