撮影日   2023.12.5

撮影場所  各写真に記載

 

去る12月5日を以って、昭和バスでは一台物だった日デ+富士

7B高速車2981(0281)号車が引退しました。

昭和バスの高速車では既に最古参となっており、近年は予備的な

存在でしたがたまに運用に就いていました。

しかし最近フルカラーLEDのセレガーラの導入により(撮影日も

目撃)、ユニバースと共に遂に引退と相成りました。

たまたま最終日に乗車出来たので、今回紹介します。

尚以前以下の記事で紹介しています(2022.11.22)。

昭和バス 2981(0281)号車 (富士7Bボディ) | 303-101のブログ 

(ameblo.jp)

 

(一枚目)

・博多バスターミナルにやって来た2981(0281)号車です。

高速バス「いと・しま号」で加布里からの到着便でした。

 

1997年式の日産ディーゼル車で、12m級の最長尺の大型標準床・

トップドア車です。310PSの高出力エンジン車で、V8エンジンが

唸ります。

観光系スタイルの富士7Bボディを架装しており、路線用の17Eと

違って前面窓が屋根まで伸びています。

行先表示器は前面窓下部に設置されており、幕式です。

(二枚目)

側面です。

前折戸で黒サッシメトロ窓となっています。

サブエンジン式冷房で1番目と2番目の窓の間にダクトが有ります。

側面行先表示器は腰部に設置されています。

塗色は高速車の標準色です。

 

元は自家用車で、2006年に移籍して来ました。

当初は佐賀ナンバーで登録されていました。

導入以後高速バスで使用され、最後の伊都営業所では主に「いと・しま

号」(博多バスターミナル~天神~前原~加布里、又は志摩中央公園~

伊都営業所)「ウエストコーストライナー」(博多バスターミナル~天神

~二見ヶ浦~伊都営業所)で使われた他、「からつ号」「いまり号」にも

入ることが有った様です。

(三枚目)

・後部です。

バックアイカメラ付きで、後面方向幕は有りません。

後部ブレーキランプは2連タイプです。

 

昭和バスでは21世紀に入り、西九州道延伸により高速バス網を

拡充させました。当初は元から在籍した高速車や長距離路線車を

改造し一部はトイレを撤去して使用、更には貸切転用車を塗色は

そのままで使用した事も有りました。

並行して日デ+西工E型の路線シャーシ標準床の新車を導入、更に

各地から移籍車をかき集め大変バラエティ豊かでした。

この車はその移籍組の最後の生き残りで、この時期路線車でも

自家用上がりの中古車が多数いました。

又元サンプルカーだった日デ+新7E(昭和唯一の新7E)が特定に

転用後(後に廃車)、最後まで残った富士ボディの高速車でした。

 

・車番 0281 ナンバー 福岡200か29-81 年式 1997 

 所属 伊都 形式 日産ディーゼルKC-UA521TAN  

 大型長尺トップドア車 富士7Bボディ 高出力エンジン 

 サブエンジン式冷房 黒サッシメトロ窓 幕式方向幕

 昼行高速仕様車 リクライニングシート 高速色

 元自家用車

(四枚目)

・この日の2981号車は朝加布里から到着してバスターミナルで

しばし休んだ後、次の「いと・しま号」となる運用でした。

次の伊都営業所行きで乗車する事にしました。

ブレてしまいましたが、前面窓内部には2981号車のお別れ

メッセージが掲げられていました。

 

昭和バスは西工ボディのお膝元ながら富士ボディも愛用していた

特異な事業者で、富士ボディを多数導入しており7Eや8Eが

多数導入されましたが、オリジナルでは7Bは存在せず全て移籍車

となっていました。

他に福岡地区の特定用(三菱)、佐賀地区の路線用(日デ・いすゞ)が

かつて一台ずつ存在し、いずれも元自家用と思われます。

それぞれ特徴が有って三菱+7B架装車は全国でも唯一の例だった

様で、日デ車は2段窓という変わったスタイル、いすゞ車はV8

エンジンでエアサス車で佐賀唐津間の高速バスにも使われました。

いずれも路線色でしたが、全て引退してしまいました。

(五枚目)

・車内です。流石にこの時間乗車する人は少なく、同業者と

思われる方が他に2名だけでした(途中から数名乗車)。

 

何と言っても屋根まで伸びた前面窓が特徴で、行先表示器が上部

設置の一般的な7Eとは異なって眺望に配慮されています。

運賃表示器などで見にくくなっていますが。

この車は2枚窓ですが、7Bには1枚窓仕様もいました。

運賃表示器はデジタル式で、デジタル時計も設置されています。

前ドア上部には「からつ号」の終点・宝当桟橋から出ている

高島までの渡し船の時刻表が掲示されていました。

(六枚目)

壁や天井はクリーム系で、照明は1条のラインライトです。

荷棚はパイプ式で紫の横引きカーテンが設置されています。

座席は2-2列のリクライニングシートが並んでいます。

(七枚目)

座席はグレーとレッドのストライプのモケットで、水色の

カバーが掛かっていました。

補助席付きですが格納タイプで豪華な仕様です。

座り心地はフカフカで、乗り心地が良い車でした。

(八枚目)

床は通路部段下げ仕様で、黄色と水色の模様となっています。

乗車するとV8エンジンの轟音が響き、高速道を快走していました。

揺れも少なく快適な車両でした。

個人的にこの車と巡り合わせが悪く、最初で最後の乗車でした。

(九枚目)

5枚目にも写っていましたが、運転席後部にはお別れの

メッセージが貼られていました。ご丁寧に高速色ベースです。

1997年から2023年迄の活躍に感謝との事で、最終運行の12月

5日の日付入りです。

書かれた来歴では2006年に移籍し、唐津→前原(廃)→福岡→

志摩(廃)→伊都営業所と遍歴したとの事で、福岡県内の営業所を

巡った事になります。

「力強いV8エンジン音とフカフカな座席をお楽しみください」と

書かれていましたが、確かにその通りでした。

乗務員さんの案内も丁寧でした。

(十枚目)

・ここからは車窓です。

博多バスターミナル出発後、まずは博多駅に伸びる大通り・

大博通りを走ります。

車窓には古刹・東長寺も見えます。

 

尚昭和バスの高速バスは市内中心部の博多バスターミナル~

天神間は前原方面は乗車・博多駅方面は降車のみのクローズド

ドア制を採用しています。

一般の路線バスが多数走る区間なので高速バスに乗る人はいない

でしょうが、かつて福岡~前原~唐津方面に伸びていた昭和の

一般路線バスも福岡市内中心部は姪浜(三瀬方面は早良口)まで

クローズドドア制でした。

※バイパス経由の急行は対象外

いまでもその名残を感じます。

(十一枚目)

蔵本交差点で左折し、中心部の天神方面へ昭和通りに入ります。

福岡市の東西を走るのは明治通りと昭和通りが有り、メインは

路面電車が走っていた明治通りで西鉄の路線バスもそちらを

走ります。

 

一方昭和通り側は幅は広いですがバス通りとしてはサブ的な

扱いですが、昔から昭和バスはこちらを走っていました。

現在は昭和バスは高速バスしか乗り入れませんが、かつて路線

バスが走っていた頃は西鉄の西工ボディ車が多数走る中、昭和

バスでは富士ボディや純正ボディ車が走りスタイルも塗色も

様々で、大変異質な存在でした。

今や西鉄も純正ボディだらけとなってしまいました。

(十二枚目)

天神地区のシンボル・赤煉瓦文化館です。

完成後既に100年の時を経た建物とこの車がすれ違うのも

今日までです。

(十三枚目)

「いと・しま号」は天神から北側に曲り天神北ランプから

都市高速に入ります。

博多駅方面は天神北ランプから下りて天神橋口交差点で

左折し昭和通りというシンプルなルートですが、前原方面は

天神バス停の乗り場の都合上、天神橋口交差点からさらに西に

進み法務局前交差点から大正通りに入り、中央卸売市場の前で

再度右折し東側に戻り、かつての臨港線の跡の付近を走って

天神北ランプに入るという変則的な形態です。

(十四枚目)

12枚目と同じく中央卸売市場です。

長浜の市場として有名です。

(十五枚目)

天神北ランプから福岡都市高速に入ります。

ここはジャンクションになっており、この先で左折し糸島

方面へ向かいます。

博多湾沿いに伸びる都市高速の姿には圧巻されます。

(十六枚目)

都市高速を走り福岡タワーを横目に見て、福岡西料金所から

西九州自動車道に入りました。

昭和バスの高速バスは皆このルートを走り、前原・唐津・

伊万里へと向かいます。

 

筑肥線電化開業後、ドル箱路線だった福岡~唐津間の長距離

路線バスが大打撃を受けジリ貧だった昭和バスですが、この

ルートで高速道が繋がった事で高速バス網を拡充しました。

高速バスと九州大学線が今の昭和バスの稼ぎ頭と言っても

過言は無いと思います。

 

 

次回に続きます。