撮影日   2022.4.11

撮影場所  津山行き普通列車車内(1・2枚目は智頭駅)

      

前回の記事で初めての智頭急行車両に乗車し因美線を智頭駅まで

乗車しましたが、今回はその続きで因美線を走破し鳥取県から

岡山県へ山越えします。

中国地方を縦断する路線の一つですが、智頭駅を境に大きく

様相が異なっています。

 

(一枚目)

次のランナーはJR西日本の非電化路線の主役、キハ120です。

朝から因美線に乗っていましたが、やっとJR車が来ました。

因美線の終点は東津山駅ですが、全列車が姫新線に直通し津山駅

まで運行されます。

 

因美線は鳥取駅から東津山駅まで営業キロ70.8kmの路線です。

そこそこ長い距離の地方交通線で、全線非電化単線で特殊自動

閉そく式(軌道回路検知式)となっています。

1919年に因美軽便線として鳥取駅~用瀬駅間が開業、後因美線と

なりました。1928年には津山駅~美作加茂駅間が因美南線と

して開業し、鳥取方は因美北線となりました。

最終的に1932年に南北が繋がり全区間因美線となり、1936年に

東津山駅~津山駅間は姫新線に編入されました。

当路線は1960年代以降は大阪や岡山方面から急行列車が直通して

いましたが、大阪方面からの列車は80年代に廃止され、以後は

岡山駅~鳥取駅間の急行「砂丘」が残りました。珍車・キロハ28や

JR西日本では少数派のキハ65が連結されていましたが、後述の

智頭急行開業後1997年に廃止され、以後全区間を走る優等列車は

廃止されました。

 

当路線の特徴として、まず第三セクターが2社直通運転をしている

事が挙げられます。これまでに書いた様に若桜鉄道と智頭急行が

直通しており、智頭急行車は特急形が乗り入れます。

又鳥取駅から智頭駅間は智頭急行と繋がって関西及び岡山方面から

鳥取へのメインルートとなっており、それぞれ「スーパーはくと」

「スーパーいなば」が直通します。

よってこの区間は最高速度95km/h(鳥取駅~津ノ井駅間は110km/

h)となっています。

一方智頭駅以南は同駅で系統分断されており、本数も大きく減ります。

この区間は多彩な車両が走る鳥取方と違い岡山所属のキハ120だけの

運用となっており、最高速度も85km/h(一部は65km/h)で輸送

密度も大きく減ります。

昨日乗車した木次線よりはましですが、県境付近の需要は厳しいものが

有ると思います。

(二枚目)

この列車はキハ120-355で、1996年製です。

キハ120では最多のステンレスでセミクロスシートの300番台で、

当車両は後藤車両所製造となっています。

岡山所属のキハ120形はオレンジと赤の帯で、体質改善工事施工

済みで前照灯はLEDとなっています。

 

岡山区のキハ120形は全て300番台で、16両の在籍で全て300番台

です。当初は津山線高速化で導入されたと記憶していますが、

それ以外にも因美線南部や姫新線(佐用駅以西)、更に芸備線新見駅

~備後落合駅間(新見駅~備中神代駅間は伯備線)で使われており、

岡山県北部の山間部で広く使われています。

全車体質改善工事済みです。昔岡山に住んでいてたまに津山線に

載っていましたが、キハ47の2両に混じってたまに本形式の2両が

来ることが有り、車体が小さいのでいつも座れなかった思い出が

有ります。

尚岡山の3両は最後のキハ52置換の為大糸線に転出しましたが、

そちらでも岡山色のままです。

(三枚目)

・車内です。体質改善工事を受け大幅にリフレッシュして

います。更新前は結構草臥れたており、更新済みのキハ40に

比べても残念な印象でした。

乗車時は10名くらいだったか思ったよりも乗車していると

感じましたが、この区間も木次線と同じく最高速度25km/hの

箇所が有るのが残念でした。

小型高性能な気動車なので、HOT3500の様なパワフルな走り

ではなくとも淡々と走って行きました。

尚途中美作河井・知和・美作加茂・美作滝尾駅などは木造駅舎が

残っていました。

(四枚目)

座席はセミクロスシートの原型で、出入口付近はロングシートと

なっています。

トイレ前もロングシートで車椅子スペースは有りません。

白系の化粧板にライトグレーの床、LED照明となりかなり明るい

車内となりました。モケットは323系等と同じく緑、手すりは

オレンジとなりました。

排気管の所にはごみ箱が置かれています。

(五枚目)

キハ120形には当初トイレは無く、後年の設置です。

洋式ですが余り大きくは有りません。ドア側から出入りする

構造ですが、通路側からも開けられる構造です。

JR九州のキハ125も「NDC」ベースの小型車ですが、そちらは

車椅子対応のトイレなので対称的です。本形式はドアが狭いので

そもそも車いすのまま乗車は不可能ですが。

運転台は半室式、ワンマン対応車なので整理券発行機や運賃箱、

液晶式に換装された運賃表示器が備わっています。

但し行先表示器は手動式のままの様で、手回しハンドルが見えます。

昔津山線に乗っていた時、岡山駅到着後すぐ折り返す為、手前の

法界院駅で交換待ち中に幕を回していたのが懐かしいです。

(六枚目)

 ロングシートの袖仕切りは大型化され、オレンジになった

手すりや黄色くなった床など、最近の流行りが取り入れられて

います。

半自動ドアも押しボタン化され、ドアを開ける際に手が挟まれる

事は無くなりました。

ドア横の小窓は開閉可能で、実際に車掌さん(指導で添乗?)が

ここを開けて出発合図を行っていたのを見た事が有ります。

(七枚目)

智頭駅から3駅目の美作河井(みまさかかわい)駅で岡山県に

入り、旧分国名の美作が駅名に冠されています。

ここは島式1面2線に側線が残り、1931年開業時設置の木造

駅舎が残りますが現在は無人駅です。

更にラッセル車用の転車台も残っています。

無人ですが綺麗に手入れされており好感が持てます。

尚、1997年にCTC化される前は有人駅で、タブレット閉そく式の

頃は当駅でタブレット扱いを行っていました。

参考文献の「鉄道ジャーナル」で1995年12月頃の当駅の様子が

載っていますが、運転業務のみならず出札窓口も行っており、

24時間を1人体制で行っていました。今では問題になりそうですが。

「砂丘」は当駅でタブレットの通過収受を行っており、ファンが

毎日撮影しに来ていたそうです。

もっとも今やそこそこの駅ですら出札窓口は無くなり、運転業務を

行う駅も少なくなりました。

 

尚、この区間は臨時列車で「みまさかスローライフ列車」が運行

されており、キハ47等が使われますが当駅などを含め数駅で

イベントが行われます。

確かにのんびり長居したくなる場所です。

 

(八枚目)

次の知和駅も1931年開業当時の木造駅舎が残っていました。

1面1線のシンプルな駅ですが、木造の駅舎は懐かしみを感じさせて

くれます。ここは木製のラッチや長椅子(ベンチと言わず)が残り、

植え込みも綺麗に手入れされており大切にされている様子です。

但し乗降人数は2021年で1日8人です。美作河井駅も10人ですが。

(九枚目)

山陰本線に和知(わち・京都府)駅が有る為間違えそうです。

乗降人数は少ないですが、駅前の駐輪場には自転車が停まっており、

通学で使われているのでしょう。

駅前広場?は綺麗に整地され、桜が咲き乱れていました。

きっとここは集落の人々が集まり、花見を行うのでしょう。

(十枚目)

そしてこの車内で鳥取駅で買った駅弁を食べました。

鳥取駅はカニを使った駅弁が有名ですが、カニよりキノコの方が

好きなので「しいたけ弁当 素晴ら椎茸」を食べました。

キノコと鶏肉の味がしっかりしていて、美味しい駅弁でした。

(十一枚目)

次いでビールのつまみで、鳥取県の名産品・「とうふちくわ」を

食べました。

ちくわの味ですがフワフワとしていて面白い食感でした。

 

中国山地に残る昭和の景色を味わいながら、列車は終点の津山駅に

到着しました。

次回に続きます。

 

参考文献  鉄道ジャーナル NO.353 1996.3

 

参考HP  岡山観光WEB 

 

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