撮影日   2026.3.28

撮影場所  広島電鉄宇品線 広電本社前電停

 

数を減らしつつもまだまだ活躍する、広島電鉄の鋼製

ボギー車1900形です。

京都市電時代の上品なカラーで活躍しますが、その中でも

特異な一両です。

 

(一枚目)

・回送で走るトップナンバー・1901号です。

愛称は「東山」です。

 

1900形は広電の旧型「単車」の最大勢力で、1978年から

1980年にかけ京都市電から15両が移籍しました。

元は京都市電900形で、1955年から1957年にかけ35両が製造

された半鋼製2軸低床ボギー車で、ナニワ工機・東洋工機・

日本車輛製です。

900形は前形式の800形の改良版で、車体長が少し長くなり

12,880㎜となって前面中央窓と行先表示器が拡大され、照明

蛍光灯となりました。戦前の代表車、600形譲りの傾斜した

前面に張り上げ屋根のスタイルで、当初は前後引戸でした。

800形と同じく間接自動進段制御車と直接制御車が存在し、

後者は916以降の車番で当初から集電装置はビューゲルでした。

1960年以降、ポール→ビューゲルだった間接制御車も含め

Zパンタに換装されています。

 

京都市電は1960年代からワンマン化が開始され、本形式も

1970年に直接制御車の内916~931が対象となり、1900形と

なって車番は+1000となりました。先行のワンマン改造車

1800形と同じく、京都市電ワンマン車特有の前照灯2灯化

及び前中引戸化が行われました。

塗色もオレンジの帯が入り、集電装置はビューゲルに戻り

ました。

間接制御車は1971年までに廃車され、ツーメンで残った

932以降も1974年廃車、又1900形も1922のみ事故廃車され

ましたが他の車両は末期まで残り、1977年に2両が先行的に

広電に移籍し13両が1978年の市電最後の日まで活躍しました。

 

広電では1901~1915に改番され、前面行先表示器大型化・

ワンマン行灯撤去・前面中央窓Hゴム化・庇設置・側面中

ドア脇に小窓設置・ベージュ一色の側扉を塗り分け・再Z

パンタ化等の改造が行われました。

又同時に各車の前面に京都の地名に因んだ愛称が設置され、

各地の路面電車の博物館的な広電の中でも特異な存在です。

1980年からは冷房化が行われ、広電初の冷房車となりました。

その後ドアの交換が行われましたが、前後で形状が違います。

(二枚目)

同車の反対側です。この車両は1980年に広電初の冷房改造

車と1913と共に改造されたもので、当初直流駆動方式で屋根上

には機器が設置されていませんでした。

その後標準タイプのCU77A集中クーラーを1基搭載に変更され

ましたが、1913と当車両は冷房補機も屋根上に設置されており

当初からCU77Aの車両と形態が違います。

この車両は1957年ナニワ工機製で、916→1916を経て1901と

なりました。

足回りは吊り掛け駆動、モーター出力は45kw×2基で直通空気

ブレーキという一般的な構成で、台車はスイングハンガータイプ

コイルバネ台車FS-65Aです。

車番は京都市電時代のフォントのままです。

前照灯はワンマン化前は屋根中央1灯でした。

 

1900形の前面は緩く傾斜しており、流線型スタイルです。

広電移籍時に前面窓のHゴム化や庇の設置、行先表示器の大型

電動幕化が行われています。

一方製造時からの行先表示器両脇のルーバーは残存しており、

窓内部に「ワンマン」表示が設置されています。

窓枠は車体色に塗られています。

庇に隠れ見にくいですが、前面窓上に雨樋が設置されています。

側面窓上には雨樋を兼ねてウインドヘッダーが、又窓下には

前面も含め薄いウインドシルが有ります。

 

尚最近までZパンタでしたが、近年広電で進められている旧型車

のシングルアームパンタ化が進められており、2021年以降改造が

進み現在は全車改造されました。

他の旧型「単車」の引退が進む中、本形式は使いやすく収容力も

有り長らく15両全車が残っていました。

しかし遂に廃車が始まっており、1900形第二陣の冷房改造で

分散タイプの異端車1902~1904のグループは既に1904だけと

なりました。第一陣の冷房改造車は2台共現役ですが、そろそろ

先行きが不安になって来ました。

 

以上です。

 

参考文献   鉄道ピクトリアル No.688 2000.7  

       臨時増刊号【特集】路面電車~LRT

 

参考HP    ウイキペディア 関連ページ