そこに 在住されてる人が 豊かで幸せなのが 一番 (o^∀^o)



ちょっと興味はあるのよん

子供の頃から
小2で
バグパイプを持って
スコットランドの民族衣装を着た 丘の上の王子さまに出会ってから


アードレー家は シカゴに 本宅が あったはずだけど
スコットランド出身なのかしらん?


ま たかが 少女漫画 されど 少女漫画
なにから 興味が わくか わからないね


姉ちゃんが
ベイ・シティ・ローラーズに 熱 上げてたのも
スコットランドを 知る 切っ掛けになったもの



今後が 気になるのは
やっぱり
飲兵衛の 大福が
スコッチウイスキーを
手に入れずらくなるのは 嫌だな( ̄∀ ̄)




天保11年~昭和6年(1840~1931)
現在の深谷市血洗島に 生まれたよ

凄い地名だよね
利根川沿いで常に氾濫していたから『地荒れ』とか『地洗れ』が 変化したとか
日光と赤城の神の戦いで赤城の神が傷を洗ったとか
源義家が傷を洗ったとか
地名の定説は ないみたいだけど

大福も初めて嫁ぎ先に遊びに来たとき
『スゲー名前!(◎o◎)』って 思ったもの

脱線したけど


農家の長男だったよ
染料の藍の取引や
金融業を営んでいて
この辺りでは 資産家だったみたいだね



青年の頃は
幕末の動乱期で
栄一は 政治に関心をもつようになったんだ

尊皇攘夷運動に共鳴し
群馬の高崎城の乗っ取りや 横浜の外国人居留地の襲撃を計画し武器まで準備したそうだよ



その後 京に上り 尊王の家柄だった 徳川慶喜に 仕えるようになったんだ 慶喜の母親は宮家出身だからね

ところが 15代将軍になって しまったんだね

倒幕に 燃えていたのに
幕府に仕えることに なってしまったんだね


え~(>Σ<)って感じだよね
将軍の家来になっちゃったんだものね



慶喜の弟、昭武に 随行して 2年間ヨーロッパ諸国を歴訪
西欧文明、資本主義の基本、身分にとらわれない自由は 栄一の人生観に 大きく影響したよ



日本に戻ると 明治の世になっていたよ
主人は政権を天皇に返して静岡に戻っちゃってたんだね

栄一は 静岡に初の株式会社を設立したよ

大隈重信に請われて大蔵省へ
4年で 堅苦しい官僚社会を辞職して民間の事業に精力を注いだんだよ




続く


読み手の需要もないのに またまた 行きます


知って欲しい 埼玉の偉人
『日本の資本主義の父』
『社会福祉の草分け』

と 呼ばれる人
渋沢栄一


『経済と道徳は両立しなければならない』
と 主張し 実践した人


500もの会社を設立し
600もの社会福祉事業に
携わったよ
平和活動で国際交流でも 活躍したよ



会社の一部を紹介するね インターネットでも ビシバシ出てくるよ


最近 STAP細胞で 有名になった 理化学研究所を
つくったよ

他に
第一国立銀行
日本初の銀行だよ

第一銀行(みずほ銀行) 三井銀行・東京証券取引所・東京海上保険・東京商工会議所・東京電力・東京ガス・日本赤十字社・ 日本鉄道会社(JR東日本)・ 日本郵船・石川島播磨重工・ 秩父セメント(太平洋セメント)・ 清水建設・ 東洋紡・王子製紙・帝国ホテル・帝国劇場・サッポロビールなどなど


それから 初の養護施設も 作ったよ
一番力を注いだのが『東京養育院』の経営だったそうだよ


人材を育てる教育にも力を注いだよ
一橋大学や 日本女子大とかも




ここで 再び
ヘレ・ンケラーは
『心の支え、人生の目標としてきたハナワ ホキイチ先生は 埼玉の人。日本へ行ったら 必ず埼玉県を訪ねてみたかった。』
と 栄一の尽力で完成した 埼玉会館で 講演しているよ



大福も PTA埼玉連合の集まりで 2回 行ってるよ
ちょっと 古びた感じだよ


70歳で実業界から 身を引き
社会福祉事業
教育
国際親善などに専念し
91歳で幕を引いたよ



続く