うさたの倉庫 -10ページ目

うさたの倉庫

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撮影に入ると電波の届かない山のなかに連れて来られた。

情報を遮断されて、

何か凄く不安になる。

自分が何者なのか?拠り所を無くした、一人の駆け出しの俳優になったようだ。



撮影は順調に進み、俺は他の仕事の関係で先に山を降りた。
清浄な白い世界から、雑然と情報の溢れる世界へ。

直ぐに目に留まる俺たちの広告。
それを見て安心したような気持ちになった。



電波が通じると沢山の連絡が入っていた。



そのなかに…。


綺麗な青い海。


今は南の海で撮影している雅紀からだった。

「俺がこんなに寒い思いしてんのに、いい気なもんだ」

たまらずに、電話をしていた。




「今、大丈夫?」
直ぐに通じた事に電話をかけておいて驚いたけど、まだ仕事中だったらまずいと急に冷静になって聞いた。

「くふふ、大丈夫だよ」
耳元で聞こえるいつもの声。
甘くて軽やかな、俺の好きな、
安心する声。

「おまえ、なんだよこの羨ましい海は!快適そうだな」

「そう!こっちは花粉もないんだよねー!」
俺が何者か、俺の居場所が何処か教えてくれる、声。

「すっごい快適!!」

「はー…、こっちは雪山だ…」

「くふふ、寒かった?」

「寒いなんてもんじゃねぇよ」

ネットも繋がらなくて、
それがこんなに心細いと思ってしまうなんて。



「写真見た!?凄いきれいでしょ!!」

「また、しょおちゃんと海に行きたいね」

「サンオイル塗りあいっこしよっか?」

今はただ、電話で繋がってるだけなのに、
それでも、耳元の雅紀の声を近く感じる。

「…いいな」

自分が馬鹿みたいに情けない顔で、
微笑んでる自覚は…有る。

「まだ、帰ってこねぇの?」

「まだ撮影終わんないの」

とたんに下がるテンション。
我ながらなんか情けねぇ。

「くふふ、どうしたの?火曜日の収録には東京に戻ってるよ」

「ん、そうだけど…」

なんとも言えない感情。

「しょおちゃん…、寂しい?」

「なっ、……寂しくねーよ!」

切りたくない…。
このまま、電話しながら会えれば良いのに。

一人戻る東京に、気持ちは上がらない。

「すぐに戻るから…しょおちゃん…」

「ん…」

「東京は桜が咲いてるかな?」

二人の居る場所は冬と夏みたいなのに、
雅紀が春の話をしだすと、
途端に春が訪れる様にあたたかさを感じる。

「どうかな?」

触れたい。そのあたたかさを直に感じたい…。

「しゃおちゃん知らないの?」
「知らねーよ、今の今まで電波も無いとこに居たんだから」

寂しく思うのって俺だけ?雅紀は楽しくやってんの?

「今年はお花見したいね」
「風間みたいな?」

「くふふ、あの花見コタツ良いよねー」

あぁ、ほんとに良いCMだよ…。


こんど風間に会ったら何でも良いから困らせてやる。





「しょおちゃん…」

突然に、静かに、零される、



「会いたい…」



雅紀の心情に…、
俺は虚勢をはる事は出来なかった。


「…俺も、早く…雅紀に会いたい」

「いっぱい、触れたい」

「戻ったら、いっぱい……抱きしめるからな」




「うん…」


花粉は飛んでないはずなのに、
雅紀の鼻をすする音が聞こえた気がした。