撮影に入ると電波の届かない山のなかに連れて来られた。
情報を遮断されて、
何か凄く不安になる。
自分が何者なのか?拠り所を無くした、一人の駆け出しの俳優になったようだ。
撮影は順調に進み、俺は他の仕事の関係で先に山を降りた。
清浄な白い世界から、雑然と情報の溢れる世界へ。
直ぐに目に留まる俺たちの広告。
それを見て安心したような気持ちになった。
電波が通じると沢山の連絡が入っていた。
そのなかに…。
綺麗な青い海。
今は南の海で撮影している雅紀からだった。
「俺がこんなに寒い思いしてんのに、いい気なもんだ」
たまらずに、電話をしていた。
「今、大丈夫?」
直ぐに通じた事に電話をかけておいて驚いたけど、まだ仕事中だったらまずいと急に冷静になって聞いた。
「くふふ、大丈夫だよ」
耳元で聞こえるいつもの声。
甘くて軽やかな、俺の好きな、
安心する声。
「おまえ、なんだよこの羨ましい海は!快適そうだな」
「そう!こっちは花粉もないんだよねー!」
俺が何者か、俺の居場所が何処か教えてくれる、声。
「すっごい快適!!」
「はー…、こっちは雪山だ…」
「くふふ、寒かった?」
「寒いなんてもんじゃねぇよ」
ネットも繋がらなくて、
それがこんなに心細いと思ってしまうなんて。
「写真見た!?凄いきれいでしょ!!」
「また、しょおちゃんと海に行きたいね」
「サンオイル塗りあいっこしよっか?」
今はただ、電話で繋がってるだけなのに、
それでも、耳元の雅紀の声を近く感じる。
「…いいな」
自分が馬鹿みたいに情けない顔で、
微笑んでる自覚は…有る。
「まだ、帰ってこねぇの?」
「まだ撮影終わんないの」
とたんに下がるテンション。
我ながらなんか情けねぇ。
「くふふ、どうしたの?火曜日の収録には東京に戻ってるよ」
「ん、そうだけど…」
なんとも言えない感情。
「しょおちゃん…、寂しい?」
「なっ、……寂しくねーよ!」
切りたくない…。
このまま、電話しながら会えれば良いのに。
一人戻る東京に、気持ちは上がらない。
「すぐに戻るから…しょおちゃん…」
「ん…」
「東京は桜が咲いてるかな?」
二人の居る場所は冬と夏みたいなのに、
雅紀が春の話をしだすと、
途端に春が訪れる様にあたたかさを感じる。
「どうかな?」
触れたい。そのあたたかさを直に感じたい…。
「しゃおちゃん知らないの?」
「知らねーよ、今の今まで電波も無いとこに居たんだから」
寂しく思うのって俺だけ?雅紀は楽しくやってんの?
「今年はお花見したいね」
「風間みたいな?」
「くふふ、あの花見コタツ良いよねー」
あぁ、ほんとに良いCMだよ…。
こんど風間に会ったら何でも良いから困らせてやる。
「しょおちゃん…」
突然に、静かに、零される、
「会いたい…」
雅紀の心情に…、
俺は虚勢をはる事は出来なかった。
「…俺も、早く…雅紀に会いたい」
「いっぱい、触れたい」
「戻ったら、いっぱい……抱きしめるからな」
「うん…」
花粉は飛んでないはずなのに、
雅紀の鼻をすする音が聞こえた気がした。