将来を考えるにあたり、過去の棚卸し



大学時代は、小学生時代にほんの少しだけお世話になった関西大手進学塾Hで講師のバイトをしていました。


なぜ少ししか通わなかったHのバイト試験を受けたか?

多分、中高時代の親友Yちゃんが彼女の出身塾Nでバイトを始めたこと、あとはHのブランドが大きかったのかなぁと思います。


最近情報収集のためにみている、

にしむら先生のYouTube (ハマり中)

塾名丸わかり、もはやイニシャルトークする必要なしにっこり



浜のアンケート連動制の時給って珍しいのか!とか、教室から事務員さんに電話して忘れ物持ってきてもらうの懐かしい〜とか、希ってそんなエリート塾だったの!?(小6指導してたYちゃんすごいな)とか、面白く拝見しました。



私は当時まだ片田舎の地元に住んでいたのですが、数年前に浜がちょうど教室を開校してたんですよね。

都会住まいの講師の方からしたらわざわざ出向く必要のある田舎校だったわけですが、

私はそのこじんまりした校舎で、事務の方とも仲良なって、2年ほど小4の講師をしたように記憶しています(ってもう20年も前で…驚き確か小4)。

みんな可愛かった〜〜。


あとはもう一つ田舎の校舎で確か?小5の講師と、

いろんな校舎でいろんな学年の准講師(テスト講師)と、

系列の個別指導塾で小6の指導をしていました。


その小6の子が、まだまだ若造だった私には結構大変で。

男の子なんですが、ほっとんど喋らないという…

成績云々ではなく、その子と対峙すること自体が最初は苦痛でした。



テキストを開く。

解き終わるのを待つ。

…解き終わったアピールはほぼなし。

解説する。

… 問いかけても反応超薄!話しているのは常に私。


雑談も一切弾まず‼︎


シャイな性格だったのか、反抗的なものだったのか??


お母様に相談してもこんな子なんだってことで、あまり会話の無理強いはせず、淡々と、というか粛々と指導をして結果志望校に合格しました。




一応狭き門のような浜の講師をやらせてもらっていたという経歴はあるものの、小6指導はこれだけなので、

そういう意味では経験は少ないんだよなあ。。。




若気の至り的な思い出としては

合格発表日にお母様から喜びのお電話をいただいた時、実は飲み屋にいて、騒がしい中あまり聞き取れず曖昧に相槌を打つという失礼極まりない対応をしまして…


今だったらもっと一緒に喜びを分かち合えただろうな〜ごめんなさいお母さん‼︎


我が子の、ではなく、(まだ小2)

20数年前の、自分の中学受験です魂が抜ける


関西の片田舎住まいだった私。


小4からひょんなきっかけで地元の進学塾に通うことになり、学校とは違う交友関係や学校では習わない内容がそれはそれは楽しく感じ、


学校よりも塾が好き!!おねがい


という子供でした。


成績がよかったので自然に関西最難関校を目指すことに。


たしか小6のとき、大手進学塾H出身の算数講師がその地元塾に来て。(今考えると引き抜きだったのかな?)

トップ生徒を対象にした特別講習も設けてくれたり、これもすごく刺激的で楽しかった思い出があります。


その先生に勧められて秋ごろからHの日曜特訓に参加。

電車で片道1時間弱の距離。夜は車でお迎え。

よくやってた。私も親も。



でも、やっぱりそんなに辛かった思い出はなく。



結果、第一志望、第二志望両方に合格して

第二志望だった方に入学しました。



というのも、校風が全く違う2校で…。

自分に合うのはどちらか悩みに悩んで、結果的には滑り止めにしていた(偏差値としては低い方の)学校を選んだ、というわけです。

同じように両方を目指していた友達が第二志望の方にしか受からなくて、その子と一緒に通学したかった、というのもありましたね。



中受界隈では有名な 「二月の勝者」


今読み進めてます。

懐かしく感じる部分もあるし、想像はできたけど実際には目にしたことのない過酷な現場を垣間見させてもらっているように感じる部分もあり。




でもやっぱり塾や勉強は楽しいものであってほしいびっくりマーク


たまたまたどり着いたこの記事

https://gendai.media/articles/-/51994?imp=0


ご著書もあるようです(まだ読めていませんが先にレビューだけチラ見しました)



日本の人口が減少に転じ、少子高齢化により労働人口が減っていく流れはもはや止められない。


どこか他人事のように感じていたけれど、

自分が老人になった時、はたまた自分の子供たちが老人になった時のこと、となれば、他人事では済まされない。

そんな、近い未来の話なんだと気づき、がーんとなりました。


この記事がかなり煽り路線で書かれていることを差し引いても、結構ショッキングでした。




老人ばかりになってしまった世界では、現在当たり前のように受けている公共インフラの恩恵や公共サービスが、それを提供する労働力が不足することで、十分には受けられなくなってしまっている可能性が大いにあり得るのだと…。



もちろん、労働力不足をカバーするテクノロジーが発展してはいくのでしょうが、そういうイノベーティブな産業よりも医療福祉を含むケア労働に労働力がどんどんとられていくことも想像でき、

両方に十分な人的リソースがある、という状況にはまあならないですよね…。



せめて自衛のために、お金だけではなく




テクノロジーを使いこなせる知能


医療福祉に過度に頼らなくて済む健康な体




を、老人になっても持ち続けることが大事なのかなと思いました。


こんな激変の時代、じゃあ子供たちにはどうなってほしいかは、本当に難しい。