こんにちは。トリコです。
どうなってるの?『ミャンマー問題』
アウン・サン・スー・チー国家顧問や与党の幹部が、去年の総選挙をめぐりミャンマー軍に相次いで拘束され、軍は非常事態宣言を出して政権を掌握したと発表しました。
これに対しスー・チー氏側は、軍事クーデターだとしたうえで「反対する姿勢を力強く示すべきだ」と国民に呼びかけました。
ミャンマーの憲法は、軍事政権時代の2008年に制定され、有事には軍の最高司令官が大統領の職務を代行できるなど、強い権限が与えられている。スー・チー氏は、この憲法を改正しようとしてきた。
ただ、改正には、議会の4分の3を超える賛成が必要で、4分の1の議席は軍人に割り当てられている。
このため、スー・チー氏の政権与党が去年、議会に提出した憲法の改正案は、軍人議員らの反対で否決され、軍との対立が深まってしまった。
こうしたなか、去年11月に行われた総選挙では、アウン・サン・スー・チー国家顧問が率いる与党のNLD=国民民主連盟が、議会上院と下院の合わせて476の改選議席のうち、全体の83%にのぼる396議席を獲得し、旧軍事政権の流れをくむ最大野党に圧勝した。
これに対して、野党やミャンマー軍は、異議を申し立てた。
多くの不備や不正があったと訴え、政府や選挙管理委員会に対して調査や対応を迫った。
ミャンマーの歴史
1937年 イギリス連邦の自治領
1942年 アウンサン将軍率いるビルマ義勇軍が日本軍とともにイギリス軍を駆逐
1943年 日本の統治下でビルマ国を建国
1945年 再びイギリスの植民地化
1947年 (ビルマ独立の父)アウンサン暗殺
1948年 イギリス連邦より独立
1962年 軍事クーデター(ビルマ国軍司令官ネ・ウィン将軍 大統領に)
1974年 ビルマ連邦社会主義共和国憲法が制定(ネ・ウィン2期目大統領)
1988年 ビルマ連邦へ改名
民主化指導者アウンサンスーチーらは国民民主連盟(NLD) を結成
1989年 アウンサンスーチーは自宅で長期軟禁される
軍政側はミャンマー連邦へ国名を改名
1990年 総選挙、NLDと民族政党が圧勝
軍政は選挙結果に基づく議会招集を拒否し、民主化勢力の弾圧を強化
2007年 軍出身のテイン・セインが首相就任。軍政主導の政治体制の改革始まる
2008年 新憲法案の国民投票が実施。可決され民主化へ
2011年 新憲法に基づく総選挙実施、可決。
テイン・セインが大統領に。権限は新政府に移譲
2011年の民政移管後も、ミャンマー国軍は、連邦議会の4分の1の議席をあらかじめ割り当てられることや、同国で最も権力のある省庁を支配する権限を憲法で保障されることなどによって裏から政治権力を維持し続けた
2015年 民政復帰後初の総選挙。NLDが圧勝。
ミャンマー連邦共和国憲法の規定と国軍の反対で、
アウン・サン・スー・チーの大統領就任はならず、側近のテイン・チョーに
2020年 11月総選挙。NLDが改選476議席の8割を超す396議席を獲得
2021年 2月1日議会が開かれる日に、軍事クーデター勃発

