スガシカオが歌作りの上で大きな影響を受けたことを隠さない小説家がいる。村上春樹である。
そして他でもない当の村上春樹自身もまた、スガシカオに対する好意的な関心を表明している。
といっても二人は面識があるわけでも、出身校や出身地などの縁があるわけでもない。ジャンルも世代も全く異なる両者の間に、不思議な共感の交流が生じたのだ。
スガシカオのファンなら村上春樹の読者も少なくないと思うが、村上春樹は小説家にならなければ音楽ライターになっていたかもしれないと思えるほど、音楽に対する造詣が深い。1979年に作家として有力な新人賞を受賞してデビューした時、彼は国分寺の有名なジャズ喫茶の店主だった。彼の小説にはつねに音楽が登場する。これだけ作品中で曲名やアーティスト名を挙げる小説家は他にいないだろう。
多くは60年代のジャズやポップスだが、クラシックが話題になることも少なくない。どの領域についても
玄人はだしに知識があって、一家言がある。気難しいわけではないが、好みがはっきりしているのだ。
ただしどのジャンルと時代についても、これまで日本のミュージシャンについて彼はほとんど言及したことがなかった。その中で唯一例外なのが、スガシカオなのである。‥つづく
(文芸評論家 清水良典 別冊カドカワより )
ぼくの情熱はいまや 流したはずの涙より 冷たくなってしまった
どんな人よりもうまく 自分のことを偽れる 力を持ってしまった

大事な言葉を 何度も言おうとして すいこむ息は ムネの途中でつかえた
どんな言葉で 君に伝えればいい? 吐き出す声は いつも途中で途切れた

知らない間にぼくらは 真夏の午後を通りすぎ 闇を背負ってしまった
そのうす明かりのなかで 手さぐりだけで なにもかも うまくやろうとしてきた

君の願いと ぼくのウソをあわせて 6月の夜 永遠をちかうキスをしよう
そして夜空に 黄金の月をえがこう ぼくにできるだけの 光をあつめて
光をあつめて…

ぼくの未来に 光などなくても 誰かがぼくのことを どこかで笑っていても
君のあしたが みにくくゆがんでも ぼくらが二度と 純粋を手に入れられなくても

夜空に光る 黄金の月などなくても

(黄金の月/スガシカオ)

…この歌は仮想世界を抜け出し、圧倒的な現実世界を力強く生きている僕たちエホバの証人2世のテーマソングとして相応しいと思う。
青春期にあれだけ涙を流し、困惑し、出口の見えない迷路を彷徨っていたはずなのに…。
時が経ち何となく大人になるにつれ、『ぼくの情熱はいまや 流したはずの涙より 冷たくなってしまった』
『どんな人よりもうまく 自分のことを偽れる 力を持ってしまった』
出逢った大事な人にさえ、本当の胸の内を打ち明ける勇気がどうしても持てない。それをしなければその人は本当の大事な人にならないことに気づきながら、すべては過去の事と自分に言い訳をして。
『大事な言葉を何度も言おうとして すいこむ息はムネの途中でつかえた どんな言葉で君に伝えればいい
吐き出す声は いつも途中で途切れた』
神の光を捨てて、自由の翼で飛び出した反逆者。 『そのうす明かりのなかで 手さぐりだけで なにもかも うまくやろうとしてきた 君の願いと ぼくのウソをあわせて 6月の夜 永遠をちかうキスをしよう そして夜空に 黄金の月をえがこう ぼくにできるだけの 光をあつめて』
『ぼくの未来に 光などなくても 誰かがぼくのことを どこかでわらっていても 夜空に光る 黄金の月などなくても』人類をあまねく照らそうとする神の光などいらない。僕らをまんべんなく照らそうとする『夜空に光る黄金の月』などいらぬ。普遍の答えなど最初から無かったんだよ。
『ぼくにできるだけの 光をあつめて』自分なりの人生の希望を見い出す。それでいいのだ。
東-そういう人は東京とか出てきても、ジャスコをみるとホッとするらしいんですよ。
-そうか同じだもんね(笑)
東-日本中どこにでもあるプチ故郷みたいなものがジャスコというカタチであるわけです。こういう感受性っていうのは高額所得者から低額所得者までブランド名が違うだけでけっこうみんな同じなんですよ。
-わかる気がする。
東-つまり消費社会が作ってしまった土地を横断したある種の普遍的な生活のテンプレートみたいなものがあって。そのテンプレートこそが彼らにとってのオリジナリティになっているのではないか?そうすると土地に根ざしたとか、土地固有のとかではなく、匿名性の空間の方がリアルになるんでしょうね。

-FM放送・アバンティより