両親が輸血を拒否
事故の学童死ぬ
出血多量「生かして」の声よそに

六日午後、川崎市で自転車の小学生がダンプカーと接触、両足骨折などで約五時間後に死んだ。
高津署の調べだと、両親がキリスト教に属する一宗派の熱心な信者だったため、救急病院の医師に「決意書」を出して輸血を拒否。小学生は苦しい息の下で「生きたい」と訴えたが、出血多量で死んだことがわかった。

事件を知ったとき、私は強い衝撃を受けた。
その頃私は麻雀に明け暮れる一人の学生だった。しかしそれ以来、少年の叫び声に取りつかれたように、事件の関係者の渦中へと飛び込んでいった。
惹かれた理由はいろいろある。だが最も大きな理由は、私が十歳の時、少年と同じようにエホバの証人を目指す子供であった、というところにあるのかもしれない。
「生きたい」少年はそう叫んで死んでいったという。
私は知りたかった。少年はなぜそう叫んだのか。そして少年の意志はどこにあったのか。これからみなさんにお話しするのは、私の悪戦苦闘の記録である。

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1985年で10歳ということは、今生きていたら…36歳。
まさに僕らの世代。
あのころ何となく世の中が騒ぎになってたのは憶えてる。
みんな僕らのことを心配して大さわぎしてたんだ…。




チャンネエじゃありません。四つ上の実の姉です。
「面白かったよ、読んでみたら」と、おそらくAmazonで買ったであろう中古のハードカバー本です。
『説得~エホバの証人と輸血拒否事件~』大泉実成・現代書館
お姉ちゃんから本を読めと勧められることは今まで皆無…。しかもエホバネタとは!
ただね‥表紙の配色がね…赤と金でしかも黒太文字で『エホバの…』なんて書いてあるからチョットひいた(笑)
なんとなく気が重くて、しばらく放置して表紙だけ眺めてたけど。
思い切って読んでみました。
興味本位の適当なもんなんじゃない?ナナメから読みはじめたけど、グイグイ引きこまれた。
中立的第三者的視点というのはもしかしたらこういうもんかなと思った。
『大ちゃん事件』の渦中の人々に直接、研究生になるという形で近づきホンネを聞き出す。
著者が当時モラトリアムな大学生だったからこそできた型破りな取材手法。
改めて考えさせられるセンテンスが幾つかあったので抜粋していきたいと思う。

ねえ 明日 しんでしまおうかしら… もどかしいこと全てのあてつけに
君の心ゆれますか? ぼくのことで後悔してくれますか?
ねえ それ以外のやり方で どうすれば神にすぐなれる?

感じわるいかしら‥ でも何もかもが気にさわるのです
君の涙おちますか? あのニブイくそ野郎も泣くかしら
ねえ もう少しだけお手軽に 神 になるにはどうすればいい?

そばにいて そばにいて そしてぼくの味方になって
許さない 許せないけど 君にいてほしいの…

ねえ 明日 しんでもらおうかしら‥ ぼくと君以外全ての人に
花でうめて差し上げましょう その匂いがこの街を覆うくらい
誰かが邪魔しなければ ぼくらは神になれるはず

とまらない とまれないから ぼくの話を聞いて
信じない 信じられない こんな世界なんて

月が出てればいいけど 暗闇でもう迷うのはイヤだもの

海にうつった月の道 たどれば神に近づける

そばにいて そばにいて そしてぼくの味方になって
許さない 許せないけど 君にいてほしいよ…

ありがとう ありがとう いつも抱きしめてくれて
ありがとう ありがとう ぼくにウソついてくれて