両親が輸血を拒否
事故の学童死ぬ
出血多量「生かして」の声よそに
六日午後、川崎市で自転車の小学生がダンプカーと接触、両足骨折などで約五時間後に死んだ。
高津署の調べだと、両親がキリスト教に属する一宗派の熱心な信者だったため、救急病院の医師に「決意書」を出して輸血を拒否。小学生は苦しい息の下で「生きたい」と訴えたが、出血多量で死んだことがわかった。
…
事件を知ったとき、私は強い衝撃を受けた。
その頃私は麻雀に明け暮れる一人の学生だった。しかしそれ以来、少年の叫び声に取りつかれたように、事件の関係者の渦中へと飛び込んでいった。
惹かれた理由はいろいろある。だが最も大きな理由は、私が十歳の時、少年と同じようにエホバの証人を目指す子供であった、というところにあるのかもしれない。
「生きたい」少年はそう叫んで死んでいったという。
私は知りたかった。少年はなぜそう叫んだのか。そして少年の意志はどこにあったのか。これからみなさんにお話しするのは、私の悪戦苦闘の記録である。
………………………………………………
1985年で10歳ということは、今生きていたら…36歳。
事故の学童死ぬ
出血多量「生かして」の声よそに
六日午後、川崎市で自転車の小学生がダンプカーと接触、両足骨折などで約五時間後に死んだ。
高津署の調べだと、両親がキリスト教に属する一宗派の熱心な信者だったため、救急病院の医師に「決意書」を出して輸血を拒否。小学生は苦しい息の下で「生きたい」と訴えたが、出血多量で死んだことがわかった。
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事件を知ったとき、私は強い衝撃を受けた。
その頃私は麻雀に明け暮れる一人の学生だった。しかしそれ以来、少年の叫び声に取りつかれたように、事件の関係者の渦中へと飛び込んでいった。
惹かれた理由はいろいろある。だが最も大きな理由は、私が十歳の時、少年と同じようにエホバの証人を目指す子供であった、というところにあるのかもしれない。
「生きたい」少年はそう叫んで死んでいったという。
私は知りたかった。少年はなぜそう叫んだのか。そして少年の意志はどこにあったのか。これからみなさんにお話しするのは、私の悪戦苦闘の記録である。
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1985年で10歳ということは、今生きていたら…36歳。