「80's Rider」へようこそ!
僕がバイクに乗るようになったのは、昭和61年11月20日、原付免許を取得したその日からだった。
誕生日は45年7月25日なのに、16歳ジャストで取得しなかったのには大問題を抱えていたから。
そう、同世代の人にはピンとくる、アレです。
「ザ・3ナイ運動」
当時の埼玉県内の高校のほとんど(公立・私立共に)この3ナイ運動によって、バイク免許の取得を禁止されていた。
免許取得がばれたら停学、もしくは退学処分もままならないほど強力な支配力を保っていた。
特に、東京近郊の南部地区は全滅、北部の学区がどうだったのかはわからないけれど、近くの高校は皆、禁止だった。
中学生の頃の僕はそんなことも知らなかったし、たまたま塾のバイト講師が同高校のOBで、彼の時代は校内で白バイの安全運転教習があったり、バイク通学も許可されていた話を聞き、どうしてもそこへ行きたい情熱で勉強を頑張った。
ところが、いざ入学説明会へ出向くと、最後に出てきた言葉が「当校は3ナイ運動の実施校です」に僕の心は打ち砕かれたのだった。(笑)
誕生日を迎えたら、ちょうど夏休みだし、こっそり取ってしまえばわからなくね?
実際、学校に隠れて乗っている先輩や学校まで乗り付けてくるこわもての先輩達もいるが、実際見つかって停学になった噂話が僕の心を震え上がらせた。
それと、隠れて取得するにはもう一つの壁が立ちはだかった。
原付の試験を受験するにあたり、所轄警察署による安全運転講習の受講証明が必要なのである。
現在では試験後に合格者が受講するシステムになっているのだが、当時は順序が逆だったのである。
そして、受講の申し込み段階で学校側と協力しあい、網を張られているという噂まであった。
そのため、ビビッた僕は少し様子を見て、周りの何人かが先に免許を取るのを見届けてから試験に踏み切ったのだ。
それが1986年(昭和61)11月20日
もうすぐ40年が経としている。
その間走った距離はというと、ムラはあるものの、正確ではないが、少なくとも70万km以上は走っている筈。
その中身はバイク便時代がほとんどだけれど、あれは一時代を築いたスリルある仕事だった。www
今では見かけなくなってしまったのが残念だが、時折、箱付きのバイクを見ると、つい懐かしくなってしまう。
あの頃は周りが皆、バイク馬鹿ばかり、一日中バイク漬けのそれはそれは楽しい時間だった。
今、そんな想いを描きながらキーボードを叩いている。
今回、久しぶりに記事を書いたのは少し時間ができたから。
実は、この夏で運転免許を返納することとなった。
理由はいろいろあるのだけれど、子供達からの強い願いで、そうする事に…した。
まだ若い、と思うかも知れないが、僕自身は現在腎不全で身体障碍者一級の身、仕事も頑張ってきたのだが、体力的、視力的、その他の健康起因でそう判断せざるを得ない情況になってしまったのだ。
まぁ、それはそれとして、大好きなバイクにもう乗れないと思うと、死んだも同然。
このブログはバイクジャンルではないけれど、そろそろ最終回にしなければね。
もちろん、記事を読むのは問題ないので、これからも皆さんのブログは楽しみにさせていただきます。
いつか、どこかのジャンルで復活できたらいいなと思いつつ、「80's Rider」はおしまいです。
僕のブログに辿り着いてくれた超マニアックな皆様が大好きです。(ハッシュタグをわざと設定していないので)
では、さようなら!
太宰雷太(ダサイライダー)