松下幸之助 のことを経営の神様 という輩の気が未だに知れない。
これまでは、松下政経塾 という私塾出身の政治家を見るたびに思っていた。
偉そうなことを言っているが、平気で国民を無視する巧言政治屋が多いからだ。
(民主党のMU能 新党首もそうだ。)
一連の一太郎訴訟のおかげで、
この松下の 金に意地汚くなれ という哲学が改めてはっきりした。
松下幸之助は、共栄 を重視していた。
松下が心底、共栄を重視していたのなら、何故、その部下達は、
自分達よりも小さな会社に対して、これほどまでに著作権マフィア行為をして、
小さな会社の成長を阻害するのであろうか?
この行為から見越せてしまうことは、
松下は 自社の社員すら教育できないという情けない事実 又は
共栄など大義名分、自社さえ利益があれば他社などどうでもいいという発想しか持っていない
のどちらかである。
一太郎訴訟で争われた特許といっても、対して驚くものではない。
”分かり易くさせるための技術”にすぎないではないか。
こんなの普通のプログラマーなら、簡単に作成できる機能である。
こんな機能でガタガタ抜かすな。
こんな機能が特許認められていること自体、不自然ではないか?
特許庁をはじめ、責任逃ればかり求める無能公僕の判断能力の無さが引き起こした訴訟とも言えよう。
ただ思うことは、
一般常識を知っている裁判官がいて良かった
ということだけだ。