私がJBAN Conventionを欠場したのはこれが2度目。1997年1月から16回に及ぶJBAN Conventionの歴史の中でも、これまでは15回中14回参加していたのです。


8年前、JBAN Convention出発前日の現場でアクシデントがあり、クライアント様からクレームが来る「事故」がありました。この時私はJBAN行きを中止し、クレーム対応に専念したこともあって大事には至りませんでした。クレーム自体は次の日(=出発予定当日)の夕方に解決したので、行こうと思えば行けないこともなかったのですが、クレームに伴う金銭面の損失を考え、やはり当日にキャンセル(この時も「高速路線バス」だった)しました。この時はエミリーズバルーンさんに参加費用を払っていて、参加費用(ちなみにこの年はコンテスト出場予定もなく、ファイナルパーティーもお休みするつもりだったので、大きな損失にはなっていない)がセミナー3コマ分損しましたが…これが原因で2年後の「皆勤賞」を逃しました…

この時はリアルタイムに画像が入ってくることもなく、数日たってから全貌が明らかになったような記憶があります。クレーム対応だけではなく、急な打ち合わせも入った記憶がありますし、この年は東京で大きなイベントでのスパークバルーン演出を担当していた上に、8月1か月だけで東京、大阪、四国(今治・宇和島)、九州(大分・福岡)と飛び回っていたこともあり、JBANのことなど、あまり気になりませんでした。


その後2005年は昨年の好業績の影響で税金などの負担が重くなり、その結果経営が苦しかったこともあってセミナーのみ参加、

ファイナルパーティーには次の2006年に復帰、以後6年連続で参加しました。

コンテストも2006・09・10年に出場しました。


ゆえにこの時期はJBAN Convention自体が恒例と化しており、毎年この時期には花の都東京への道中を楽しみながら旅をするのが2000年以降のお決まりになっていました。


しかるに今年は無期限休業を強いられるほどの異常事態かつ非常事態、精神面はどん底、一進一退を繰り返すかつてない厳しい状況に追い込まれています。状態が少しでも良い方向に向かえば私は「全国の仲間たちが私を心配しているらしい。元気な姿を見せるのがベター」と考え、2週間ほど前に高速バスの予約を複数入れました。昨日の広島発東京行きの「高速路線バス」複数便に予約を入れ、最終的に1便だけ残し、ネット乗車券も準備しました。しかし…


気持ちが全然乗りません。どんどん欠場の方に気持ちが傾きました。しかしわたしはあきらめません。少しでも行きたい気持ちが残っているなら、這ってでも行こう…という気持ちがありました。そのため1便だけ残し、購入期限ぎりぎりに手持ちのSuicaでパソコンを使ってネット決済をしました。それだけぎりぎりまで迷ったのです。


結局出発当日の朝に参加を断念、高速バスはキャンセルしました。代金は払い戻し手数料\100だけ引かれて、Suicaに戻ってきました。

理由はこの先どうなるか全くわからない、そのためにも1円でも多く手元に金を残しておこう、という判断でした。

風船屋が風船を膨らませられなくなっては、お金が入る道が閉ざされます。幸い半年程度食っていけるだけの貯蓄はありますが、カウンセリングや治療などでかなりのお金がかかるかもしれません。長期化した場合、アルバイトで食いつなぐ事態も予想されます。


とにかく先が読めない不安から、泣く泣く欠場を決めたのです。

久しぶりに悔し涙を流しました…


心の状態は非常に悪く、復帰までにはかなりの時間がかかるかもしれません。

あるいはもう二度と出場することがないかもしれません。

風船業界を去る、という決断をすることも大いに考えられますし、その覚悟もあります。そうなった場合、昨年のJBAN Conventionが最後、ということもあり得ます。フェードアウトで消え去り、やがて存在を忘れられる、ということになるかもしれませんし、私の両親はそれを望んでいます。

それどころか、私自身、「もういい」という気持ちもあります。この先風船業界が厳しくなる、という予想を私はしています。厳しくなる前に、去るという決断をする勇気も必要とさえ思えているのが今の私です。