父の日によせて
父の思い出
煙草の匂い、メガネ、日本酒
ジョニーウォーカー
ハンドドリップで淹れるコーヒーの香り
山の様に積まれた本、油絵具
ロッキングチェア、
ペールギュントの朝
古いレコード
木材の端材から手作りする帆船の模型
私のお古の彫刻刀で彫っていた裸婦像の彫刻
時々出される英文の問題
夜空を見ながら話す星座の物語
そうそう、スターウォーズもスーパーマンも
一緒に観に行った
生まれてはじめての映画館だった
夏休みに神田の古本屋街に
連れて行ってくれた
見慣れた赤い電車でない車窓からの
東京の晴れているのに霞がかった鈍い光の空
人人、人の群れ、喧騒と
あの暑い日のクリームソーダの味
酔って歌い出す佐渡おけさ
出張の日の
お土産のアマンドのドーナツ
嫁ぎ先から家出した私に
良くやった❣️と途中から合流し
2人で旅した由布院、日田の街
孫が生まれる度
一番最初に病室にやってきて
寝顔をデッサンしてくれた
そして、必ず季節の果物を持って
まだまだ、沢山の思い出
数限りない、当たり前だけど
そのどれもが
愛おしくて仕方ない
その思い出の始まりは
後から聞かされて
根付いたものか
不明なのだが
弟のお産で母不在で
過ごした日から
それは、始まっている
コタツで寝たり
トーストにバターをたっぷり
その上に白砂糖をたっぷり
のせてくれた。
母のとは違う朝ごはん
そして、43年後
ある五月晴れの日
肺癌と診断され
次の正月は迎えられないかも
入院後
あれよあれよと
父は弱り正月が、クリスマスになり
秋になり、、、
夏を越えられないかもと。
そして、几帳面な性格な父らしく
7月31日に
急ぎ足で旅立ってしまった
最後の治療や病院について
後悔の残る部分は
あったけれど
苦しむ時間は短くて
本人も家族も、
それだけは、良かったのかなと。
いつも。
父の日に思うこと
私は
父にとって、
どんな娘だったろうか
そう、思い返すと
なぜか、涙が止まらない
そろそろ、11年経つのに
時々、ふと
会いたくなる。
毎朝、
淹れたての最初の
いっぱいのコーヒーは父のために
今でも、
ドレッサーのテーブル部分には
父が亡くなる数時間前に
鉛筆持ってこいと言って
書いてくれた
ありがとうの文字を飾っている
達筆過ぎて読めない字を書く父でしたが
こうして亡くなるんだな、
と、その文字から
いろんなことを学びました
生きている間に
得た全てのもの
もちろん財産や家族
そして、その知識や字を書く、絵を描く
本当に何も持たずに
旅立つんだなあ。
全てのことを
遺して去るのだなぁ
今の私は、
一生懸命日々を全うし
いつか、
新しい世界で
父と会うときに
娘として胸を張って会える様に
生きている
日々、前を見て歩いている(つもり)
そう生きさせてくれているのは
生み出してくれた父(と母も。彼女は存命です)
なんだなぁと
この梅雨空の下で
静かに思うのです
早く会いたいような
気もするけれど
まだまだ
しばらく、頑張っていこう
父の日に寄せて。
宇宙より大きく
海より深い
感謝を込めて

