2011/7/10 7:00 悠々球論(権藤博)
「ポストが人を育てる」と世間ではいう。
荷が重すぎると思われる仕事でも、チャレンジしていくうちに人はそれなりの技量を備えていくものだ、というわけだ。
しかし、逆にもし人が器より小さなポストについたら……。
今季は打率2割台前半と不振の巨人・小笠原=共同
そんなことを考えされられるのが、巨人・小笠原道大の7番起用だ。
■打者の「格」を示すのが打順
打率2割台前半に低迷している小笠原を原辰徳監督は従来の3番から外した。
確かに数字だけをみれば、今の小笠原は下位で当然、ベンチの控えに甘んじていても仕方がない。
死球によって一時戦列を離脱したことを考慮しても、寂しすぎる成績だ。
だからといってこれほどの打者を7番で起用していいことにはならない、というのが私の考えだ。
ほかの業界でも同じだろうが、野球選手の戦いも技量そのものと同じくらい、選手の「格」とか「顔」がモノをいう世界である。
その「格」をズバリ示すのが打順だ。
■7番・小笠原なら相手投手は…
いわゆる3、4、5番のクリーン・アップを打つということは単に強打者であるということでなく、選手が1年また1年と成績を積み上げた末に獲得した「格」の証しだ。
他の打順にはない重責を担う一方、投手からみると最大限の敬意を持って投げるべき相手で、それでも打たれたときに「あの打者なら仕方がない」と思えるような打順。
それだけ特別な存在なのだ。
その重責から解放し、楽に打ってくれ、というのは原監督の思いやりだろうが、7番に入った小笠原を打席に迎えて、相手投手はどう思うだろうか。
私なら「ああ、小笠原もついに7番か。
よっぽど調子が悪いんだな」と思う。
どんどんストライクを取って攻めていっても大けがはしないな、という気持ちで楽に投げられるだろう。
■小さくみられ、遠慮なく攻められる
実際、5日からのヤクルトとの3連戦で、小笠原は石川雅規らヤクルト投手陣に警戒心のかけらもなく攻められていた。
小笠原もヒットで出塁はしていたが、大きいのが出る雰囲気はなかった。
どんな大打者でも、投手に恐怖をなくして向かってこられたら、そうたやすく打てるものではない。
これが3番であれば、3打席連続凡退で巡ってきた打席でも、そろそろヒットが出るころだな、という恐怖を投手に抱かせるだろう。
それが7番となると、「正味」より一回りも二回りも小さくみられ、遠慮なく攻められる。
■大相撲の横綱や大関と似ている
断っておくが、今までの小笠原が「顔」だけで勝負していたというのではない。
クリーン・アップを打っていた打者が下位を打つということは、それだけ大変なこと、ということだ。
クリーン・アップは大相撲の横綱や大関と似ているかもしれない。
駄目なら引退というくらいに、あとがないポジションだ。
「横綱を張る力量がなくなりましたので、あしたから小結になります」といえるだろうか。
「7番小笠原」にはそれと似たような違和感がある。
原監督は現役引退時に、巨人の4番という地位について「巨人には何人も侵すことのできない聖域があった」という名言を残した人だ。
中軸を任されることの意味、外されることの意味は重々承知のはずなのだが……。
■「打順を下げるのではなく上げろ」
大打者が不振に陥ったときにどうするか。
確かに難しい問題ではある。
横浜の監督時代、5番の駒田徳広(巨人―横浜)が大スランプに陥った。
見かねたコーチが「打順を下げましょう」と進言してきたとき、私は即座に言った。
「下げるのはなし。いじるなら打順を上げる」
5番から上げるといえば4番しかない。
当時の4番はボビー・ローズ。球史に残る助っ人だ。
そのローズに代えて「4番駒田」というのは私も100パーセント本気だったわけではない。
「必要ならローズは私が説得する」と大見えを切った私に、コーチは目を丸くするばかりだったが、とにかく私に駒田の打順を下げるという選択肢はありえなかった。
■選手はプライドで生きている
2000本安打をマークするほどの打者に対し、半端な打順をあてがう方が失礼。
7番、8番に打順を下げたり、ベンチに置いたりするくらいなら、いっそ2軍で調整し直してもらうのが礼儀であり、選手のプライドを守ることになる。
一定の技量を持った者が集うプロで、あとは何が勝敗を分けるかといえばプライド。そのプライドを守ることを私は最優先にしていた。
駒田には何度か2軍で調整してもらい、万全になったところでまた中軸で起用した。
「1軍にいれば代打でも起用できるのに、もったいない」と思われたかもしれないが、プライドで回っている世界には、せこい考え方で扱ってはいけない選手がいる。
巨人にとって2年ぶりのセ・リーグ制覇を目指すはずが、首位を走るヤクルトの背中はかすむばかり。
■7番に入れば7番なりの打者に
小笠原のほか、阿部慎之助、高橋由伸とけが人が続出したことが大きいけれども、そればかりが原因ではないのではないか。
大打者も7番に入れば7番なりの打者になってしまうということと同じ現象が、チーム全体に起こっているような気がする。
今季は飛ばないボールが採用されたこともあり、原監督は細かい野球を徹底し、キャンプ初日から全員参加の夜間バント練習を課した。
マスコミでも大きく取り上げられ、選手も今季は緻密な野球をするのだというメッセージを受け取ったと思う。
しかし、それがチームの陣容にマッチしていたかというと微妙だ。
■細かいところにこだわるあまり…
2年目の長野久義の急成長というプラス要因もあったにもかかわらず、戦力が縮小しているようにみえるのは、「今年は打てない」といって細かいところにこだわるあまり、打線本来の迫力を殺してしまっているからではないだろうか。
虚勢を張ってもいずれ見透かされるだけだが、巨人の場合は自他ともに認める戦力があったはず。
「等身大」より小さくみえる野球をしているのが惜しい。
(野球評論家)
ーーーーーーーー
おがさんが小さく見られる
バカやろ
舐められちゃ困るね
7番だから大丈夫だろうと思わせておいて、バンバン打ってしまえれば
シメシメだけど
おがさんが手を抜くはずはないけど
無意識に 気が抜けて7番なりの打撃になってしまってはねぇ
それに、次が藤やんだし、ヒット打ってもなぁ…
なんて思うのは私だけかしら。。。
こないだの広島戦は、5番サードに入ってたけど、昨日の阪神戦は また7番ファーストになってた。
だから負けたんだ。

打順、守備位置、もーどーせー


「ポストが人を育てる」と世間ではいう。
荷が重すぎると思われる仕事でも、チャレンジしていくうちに人はそれなりの技量を備えていくものだ、というわけだ。
しかし、逆にもし人が器より小さなポストについたら……。
今季は打率2割台前半と不振の巨人・小笠原=共同
そんなことを考えされられるのが、巨人・小笠原道大の7番起用だ。
■打者の「格」を示すのが打順
打率2割台前半に低迷している小笠原を原辰徳監督は従来の3番から外した。
確かに数字だけをみれば、今の小笠原は下位で当然、ベンチの控えに甘んじていても仕方がない。
死球によって一時戦列を離脱したことを考慮しても、寂しすぎる成績だ。
だからといってこれほどの打者を7番で起用していいことにはならない、というのが私の考えだ。
ほかの業界でも同じだろうが、野球選手の戦いも技量そのものと同じくらい、選手の「格」とか「顔」がモノをいう世界である。
その「格」をズバリ示すのが打順だ。
■7番・小笠原なら相手投手は…
いわゆる3、4、5番のクリーン・アップを打つということは単に強打者であるということでなく、選手が1年また1年と成績を積み上げた末に獲得した「格」の証しだ。
他の打順にはない重責を担う一方、投手からみると最大限の敬意を持って投げるべき相手で、それでも打たれたときに「あの打者なら仕方がない」と思えるような打順。
それだけ特別な存在なのだ。
その重責から解放し、楽に打ってくれ、というのは原監督の思いやりだろうが、7番に入った小笠原を打席に迎えて、相手投手はどう思うだろうか。
私なら「ああ、小笠原もついに7番か。
よっぽど調子が悪いんだな」と思う。
どんどんストライクを取って攻めていっても大けがはしないな、という気持ちで楽に投げられるだろう。
■小さくみられ、遠慮なく攻められる
実際、5日からのヤクルトとの3連戦で、小笠原は石川雅規らヤクルト投手陣に警戒心のかけらもなく攻められていた。
小笠原もヒットで出塁はしていたが、大きいのが出る雰囲気はなかった。
どんな大打者でも、投手に恐怖をなくして向かってこられたら、そうたやすく打てるものではない。
これが3番であれば、3打席連続凡退で巡ってきた打席でも、そろそろヒットが出るころだな、という恐怖を投手に抱かせるだろう。
それが7番となると、「正味」より一回りも二回りも小さくみられ、遠慮なく攻められる。
■大相撲の横綱や大関と似ている
断っておくが、今までの小笠原が「顔」だけで勝負していたというのではない。
クリーン・アップを打っていた打者が下位を打つということは、それだけ大変なこと、ということだ。
クリーン・アップは大相撲の横綱や大関と似ているかもしれない。
駄目なら引退というくらいに、あとがないポジションだ。
「横綱を張る力量がなくなりましたので、あしたから小結になります」といえるだろうか。
「7番小笠原」にはそれと似たような違和感がある。
原監督は現役引退時に、巨人の4番という地位について「巨人には何人も侵すことのできない聖域があった」という名言を残した人だ。
中軸を任されることの意味、外されることの意味は重々承知のはずなのだが……。
■「打順を下げるのではなく上げろ」
大打者が不振に陥ったときにどうするか。
確かに難しい問題ではある。
横浜の監督時代、5番の駒田徳広(巨人―横浜)が大スランプに陥った。
見かねたコーチが「打順を下げましょう」と進言してきたとき、私は即座に言った。
「下げるのはなし。いじるなら打順を上げる」
5番から上げるといえば4番しかない。
当時の4番はボビー・ローズ。球史に残る助っ人だ。
そのローズに代えて「4番駒田」というのは私も100パーセント本気だったわけではない。
「必要ならローズは私が説得する」と大見えを切った私に、コーチは目を丸くするばかりだったが、とにかく私に駒田の打順を下げるという選択肢はありえなかった。
■選手はプライドで生きている
2000本安打をマークするほどの打者に対し、半端な打順をあてがう方が失礼。
7番、8番に打順を下げたり、ベンチに置いたりするくらいなら、いっそ2軍で調整し直してもらうのが礼儀であり、選手のプライドを守ることになる。
一定の技量を持った者が集うプロで、あとは何が勝敗を分けるかといえばプライド。そのプライドを守ることを私は最優先にしていた。
駒田には何度か2軍で調整してもらい、万全になったところでまた中軸で起用した。
「1軍にいれば代打でも起用できるのに、もったいない」と思われたかもしれないが、プライドで回っている世界には、せこい考え方で扱ってはいけない選手がいる。
巨人にとって2年ぶりのセ・リーグ制覇を目指すはずが、首位を走るヤクルトの背中はかすむばかり。
■7番に入れば7番なりの打者に
小笠原のほか、阿部慎之助、高橋由伸とけが人が続出したことが大きいけれども、そればかりが原因ではないのではないか。
大打者も7番に入れば7番なりの打者になってしまうということと同じ現象が、チーム全体に起こっているような気がする。
今季は飛ばないボールが採用されたこともあり、原監督は細かい野球を徹底し、キャンプ初日から全員参加の夜間バント練習を課した。
マスコミでも大きく取り上げられ、選手も今季は緻密な野球をするのだというメッセージを受け取ったと思う。
しかし、それがチームの陣容にマッチしていたかというと微妙だ。
■細かいところにこだわるあまり…
2年目の長野久義の急成長というプラス要因もあったにもかかわらず、戦力が縮小しているようにみえるのは、「今年は打てない」といって細かいところにこだわるあまり、打線本来の迫力を殺してしまっているからではないだろうか。
虚勢を張ってもいずれ見透かされるだけだが、巨人の場合は自他ともに認める戦力があったはず。
「等身大」より小さくみえる野球をしているのが惜しい。
(野球評論家)
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おがさんが小さく見られる

バカやろ
舐められちゃ困るね
7番だから大丈夫だろうと思わせておいて、バンバン打ってしまえれば
シメシメだけど

おがさんが手を抜くはずはないけど
無意識に 気が抜けて7番なりの打撃になってしまってはねぇ

それに、次が藤やんだし、ヒット打ってもなぁ…
なんて思うのは私だけかしら。。。
こないだの広島戦は、5番サードに入ってたけど、昨日の阪神戦は また7番ファーストになってた。
だから負けたんだ。


打順、守備位置、もーどーせー








けんたろぉーう








教えて

のご主人と
















