昨日、東京競馬場で行われました春の

マイル王決定戦第76回安田記念は

道中、2番手を進んだ武豊騎手騎乗の

8番人気のシックスペンスが最後の直線で

2番手から抜け出してGⅠ初勝利を

飾りました。

また武豊騎手はJRA・GⅠ最年長

勝利となり、安田記念はウオッカで制した

2009年以来17年ぶりの制覇となりました。

2着には外から追い込んだ1番人気の

ガイアフォースと逃げ粘った7番人気の

ワールズエンドが同着となりました。

今週は阪神競馬場で春のG1戦線を

締めくくる第67回宝塚記念が行われます。

宝塚記念は有馬記念と同様にファン投票

で出走馬を決め、上半期の締めくくりを

飾る競走として関西地区の競馬を

華やかに盛り上げようとの趣旨で企画され

阪神競馬場の新スタンドが落成した翌春の

昭和35年(1960年)に創設されました。

「あなたのそして私の夢が走ります」の

杉本アナの名実況でもおなじみの夏の

グランプリレースとして親しまれています。

 

思い出のレースは、私が初めて見た宝塚

記念で伊達一門の雄、ダテホーライが

優勝した昭和44年第10回宝塚記念です。

 

ダテホーライの父は皐月賞やNHK杯、

大阪杯、京都杯などの重賞を勝った

ウイルデイールで

代表産駒には菊花賞馬ダテテンリュウや

ダテハクタカなどがいます。

ダテホーライは昭和43年のクラシック組で

同期には史上最強馬として名前があがる

天皇賞馬タケシバオーや菊花賞馬

アサカオー、ダービー馬タニノハローモア

皐月賞馬マーチスやライトワールド、

メイジシローなどの重賞勝ち馬がいます。

ダテホーライは旧馬齢3歳夏の函館で

デビューし、初戦の新馬戦は3着に敗れた

ものの、2戦目で初勝利を挙げましたが

その後、勝ち星を挙げられず、3歳時は

8戦1勝に終わりました。

年が明けて4歳になったダテホーライは

条件特別に勝って2勝目を挙げると

続いて関西のクラシック登竜門きさらぎ賞

に挑戦しましたが、後の皐月賞馬

マーチスの前に5着に敗れました。

その後、3勝目を挙げたダテホーライ

でしたが、この年のクラシック戦線は、

東京競馬場の改修工事の影響で

皐月賞が5月、日本ダービーは7月の

開催になるなど、変則日程となっていて

ダテホーライは、まずは皐月賞を目指し

東上する予定でしたが、東上前の

オープン競走で失格になってしまった

ため、皐月賞には出走できませんでした。

その後、東上最終便となる毎日盃では

1番人気に応えて初重賞制覇を果たし、

東上したものの、この年のクラシック戦線は

関東のタケシバオーとアサカオー、関西の

マーチスとタニノハローモアという

競馬史上に名を残す最強の4頭による

争いとなっていて、ダテホーライは、

この4強に挑もうとしていました。

しかし、ようやく出走に漕ぎつけた本番の

東京優駿(ダービー)でも、不運がつき

まとい、レース前に左前釘傷という

アクシデントに見舞われ、競走除外に

なってしまい、結局、春のクラシックへの

参戦は叶いませんでした。

 

夏を越したダテホーライは菊花賞の前哨戦

朝日チャレンジカップ、京都杯で、いずれも

タニノハローモアの3着に入り、クラシック

最終戦の菊花賞に挑みました。

このレースには、海外遠征のため

4強の一角タケシバオーは不在でしたが

前哨戦を連勝したダービー馬タニノ

ハローモア、皐月賞馬マーチス、そして

アサカオーが参戦。

1番人気は札幌記念、当時存在した

ハリウッドターフクラブ賞を連勝してきた

皐月賞馬マーチスで、2番人気には

アサカオーが推され、長距離での逃げが

不安視されたのか、タニノハローモアは

3番人気で、ダテホーライは4番人気での

出走となりました。

レースは、予想どおりタニノハローモアの

逃げで始まり、ライトワールドは中団から

その後ろからダテホーライが続き、人気の

マーチスとアサカオーは後方からという

展開で進みました。

第3コーナーでマーチスが仕掛けて

上がっていくと、アサカオーもマーチスを

見るように上がっていき、第4コーナーでは

マーチス、アサカオー、ジンライが差を詰め

ダテホーライはまだ中団のままで、

タニノハローモアが先頭で直線の勝負へ。

直線に入って内と外に別れながら

横一線での追い比べになる中、外から

アサカオーが一気に伸びて先頭に立ち

馬場の真ん中からマーチス、内からは

ダテホーライが追い込み、3頭による

激しい叩き合いになりましたが、最後は

アサカオーが2頭を振り切って優勝を飾り

ダテホーライも必死にアサカオーに食い

下がりましたが、惜しくも2着に敗れました。

その後、ダテホーライは中京のダートでの

オープン競走をレコード勝ちし、当時

暮れに行われていた阪神大賞典で

1番人気に推されましたが、3着に

終わりました。

 

年が明けて古馬になったダテホーライは

古馬初戦の日本経済新春杯で、4歳時に

なかなか勝てなかったタニノハローモアを

クビ差抑えて勝利し、続く中京記念では

タニノハローモアの3着に敗れたものの、

次の当時存在した中京大賞典では再び

タニノハローモアを4着に沈めて勝ち、続く

サンケイ大阪杯ではトップハンデ62キロを

背負ったアサカオーに勝って重賞2連勝を

飾りました。

そして、勢いのまま挑んだ春の天皇賞では

海外遠征から帰り、馬体を立て直して

本格化したタケシバオーの前に4着に

敗れました。

続いてダテホーライは、私が初めて見た

宝塚記念に駒を進めました。

この年の宝塚記念はファン投票で上位に

選ばれたアサカオー、タケシバオーや

タニノハローモアは出走せず、夏の

グランプリ競走である宝塚記念としては

今では考えられない、わずか4頭立てと

なってしまいました。

1馬人気はマーチスで、ダテホーライは

2番人気での出走となりました。

レースは、スタートして大方の予想通り

ダイイチオーが先手を取って逃げ、その

ダイイチオーをマーチス、ダテホーライ

メジロシンゲンが追う形になりました。

向こう正面に入って、メジロシンゲンが

2番手に上がり、その後ろからマーチス

ダテホーライが続きました

第3コーナーで今度はダテホーライが

2番手に上がり、マーチスが3番手と

騎手同士による激しい駆け引きが展開

されました。

第4コーナーで逃げるダイイチオーを

ダテホーライとマーチスが仕掛けて

差を詰め、3頭が並んで直線の勝負へ。

内を通って逃げ込みを図るダイイチオーを

馬場の真ん中からダテホーライ、外から

マーチスが追い込み、3頭による激しい

叩き合いになりましたが、ゴール前で

ダテホーライが突き抜け、最後は

マーチスに1馬身の差をつけて、レコード

タイムで優勝を飾りました。

次に鳴尾記念に出走しましたが、雨での

不良馬場の中、斤量61キロが響いたのか

10頭中の4着に敗れてしまいました。

その後、秋に入って朝日チャレンジカップに

出走し、トップハンデ61キロを背負い

ながらも、レコードタイムで快勝。

この後、秋の天皇賞や有馬記念を目指し

東上予定でしたが、歴戦の疲れからか

脚の骨折のため、長期休養を余儀なく

されてしまいました。

 

年が明けて6歳になったダテホーライは

現役を続行、約7ヶ月の休養後、阪神での

マイラーズカップで復帰し、トップ斤量を

背負いながらアカネテンリュウやミノルに

先着してトウメイの半馬身差の2着に入り

存在感を示しました。

この好走により、続く春の天皇賞では

有力候補となりましたが、また不運にも

左肩跛行のため、出走取消となり、

これがダテホーライにとっての現役最後の

記録となってしまいました。

引退後、種牡馬となったダテホーライは

1972年から繋養され、中央では重賞

競走の勝ち馬は出せなかったものの

地方競馬では、帝王賞、羽田盃、浦和

桜花賞に勝ったコーナンルビーを送り

出すなど、内国産種牡馬不遇の時代の

中で大健闘を見せたと思います。

 

記録によりますと

1979年4月23日、ダテホーライは

13年10ヶ月の生涯を終え、天国に

旅立って行きました。

 

今週は阪神競馬場で夏のグランプリ

競走「あなたのそして私の夢が走る」

第67回宝塚記念が行われます。

クロワデュノール、ダノンデサイル

メイショウタバル、ミュージアムマイルに

注目しています。

今週も全人馬の無事を祈りながら

レースを観ます。