ついに歴史が動きました。
昨日、東京競馬場で行われました牝馬
クラシック第2戦第87回優駿牝馬
(オークス)は道中、後方からレースを
進めた今村聖奈騎手が手綱を執る5番
人気のジュウリョクピエロが、最後の
直線で馬群を割って一気の末脚で
抜け出して優勝を飾り、第87代樫の
女王の座に就きました。
2着にはクビ差で3番人気のドリームコア
3着には2番人気のラフターラインズが入り
1番人気に支持されたスターアニスは
やはり距離が合わなかったのか12着に
終わりました。
また、今村聖奈騎手はJRA女性騎手
としてクラシックレース初騎乗初制覇の
偉業を達成し、場内は大歓声に包まれ
まさに筋書きのないドラマに感動しました。
今村騎手、本当に落ち着いた見事な
騎乗でした。
実況アナも言っていましたが、ジュウリョク
ピエロちゃんもスタンドの大歓声に対し
何度も頭を下げていましたね。
本当に愛らしく可愛かったです。
ジュウリョクピエロと今村騎手、そして
関係者の皆様、本当におめでとう
ございます。
歴史的瞬間を見ることが出来て、本当に
良かったです。
今週は、東京競馬場で春のクラシックの
クライマックス、競馬の祭典、第93回
東京優駿(日本ダービー)が行われます。
東京優駿は1932年(昭和7年)に
イギリスのダービーステークスを範として
目黒競馬場にて創設されました。
後に創設された皐月賞・菊花賞と共に
三冠競走を構成しています。
そしてダービーに優勝することは日本の
競馬に関わるすべてのホースマンが
憧れる最高の栄誉あるレースとされて
います。
昭和期では皐月賞は最も速い馬が勝つ、
菊花賞は最も強い馬が勝つ、ダービーは
運のある馬が勝つと言われていました。
日本の競馬における日本ダービーの
存在は特別で、創設期より日本競馬に
おける最大の栄誉ある大競走とされて
います。
その年の競馬を語る時は必ず東京優駿
(日本ダービー)優勝馬が挙げられるように
日本競馬界の象徴であり、ホースマンに
とっての最大の目標であるとことには
創設以来、変わっていません。
思い出の馬は、花の昭和47組の関西の
エースと言われたロングエースです。
ロングエースの父は英ダービー馬で
昭和を代表する長距離系種牡馬
ハードリドンで日本での代表産駒には
オークス馬リニアクインやロングホーク、
ハードイット、マサヒコボーイ、スズカハード
ナラサンザン、ヨロズハピネスなどの
多くの重賞勝ち馬がいます。
そして、兄には最優秀3歳牡馬に選出
されたロングワンや弟には昭和50年の
クラシック戦線を賑わしたロングファストが
います。
ロングエースは私が日本の競馬史上
最強の世代だと思っている昭和47年組で
同期には菊花賞・有馬記念を制した
イシノヒカル、皐月賞馬ランドプリンス、
天皇賞馬タイテエム、有馬記念馬
ストロングエイト、天皇賞・有馬記念などを
制し、史上最強馬としても名前があがる
タニノチカラ、幻のクラシック馬ヒデハヤテ
ヒンドスタン最後の傑作ハクホオショウ、
悲劇の名馬ハマノパレード、逃げる精密
機械トーヨーアサヒ、名中距離馬ナオキ、
超音速スガノホマレ、ローカルの鬼ノボル
トウコウ、障害の王者グランドマーチスや
クリイワイ、タケクマヒカル、イナボレスなど
挙げれば切りがないほど、中央競馬の
歴史に名を残す多くの名馬達がいます。
この年の春のクラシック戦線は前年
暮れに発生した馬インフルエンザや
4月の厩務員ストの影響で大幅に
日程が遅延してしまい、日本ダービーも
例年より1ヶ月以上も遅れて開催される
ことになりました。
この春のクラシックの開催が遅れたことは
眼病や転倒事故による怪我で旧馬齢
3歳でのデビューができなかった
ロングエースにとっては幸いとなりました。
旧馬齢4歳の1月の京都でデビューした
ロングエースは新馬戦を圧勝し、続く条件
特別を連勝して3連勝を飾ると、堂々と
クラシックを目指し東上しました。
この年の関西のクラシック戦線は阪神3歳
ステークスを制し、最優秀3歳牡馬に
選出されたヒデハヤテが圧倒的な強さを
見せ、きさらぎ賞を圧勝後、関西の
総大将として東上し、関東での初のレース
となった京成杯でも圧倒的な強さで勝って
5連勝を飾り、クラシックの有力候補と
言われました。
しかし、脚部不安を抱えながら無理して
出走したスプリングステークスで2着に
敗れると更に脚部不安を悪化させてしまい
戦線離脱となってしまいました。
しかし、この年の関西勢は有力馬が多く
ロングエースと共に、この年の3強馬の
一角を成した良血馬タイテエムは関西で
3勝して東上し、スプリングステークスで
ヒデハヤテをやぶってクラシックに
名乗りを挙げ、また4連勝して東上し、
京成杯でヒデハヤテの2着に入り、
弥生賞でもロングエースの2着に入った
ランドプリンスもまた3強の一角として
クラシック戦線に躍り出ました。
ロングエースは東上後、初のレースと
なったオープン競走でランドプリンスや
関東の有力候補のイシノヒカル、インター
ブレインなどを全く寄せ付けずに勝って
4連勝を飾り、更にクラシックの登竜門
である弥生賞でも再びランドプリンスを
やぶって5連勝で重賞初制覇を果たし、
ヒデハヤテ無き後、関西のエースとして
クラシックに挑みました。
そして迎えたクラシック初戦の皐月賞、
このレースには西の実力馬ランドプリンス
とタイテエムの他、東の有力馬イシノヒカル
アローエクスプレスの弟トルーエクスプレス
ノボルトウコウなどが出走。
ロングエースが圧倒的1番人気に支持され
2番人気にタイテエム、3番人気にランド
プリンスと関西の3強が人気を集めました。
レースはアローエクスプレスの弟の
トルーエクスプレスが強引にハナを奪って
逃げ、2番手にファインダイヤと関東馬
2頭が先行し、3番手にロングエース、
4番手にタイテエム、5番手にランド
プリンスと関西の3強が続き、イシノヒカル
は最後方からという展開で進みました。
第4コーナーで外からロングエースと
タイテエムがトルーエスクプレスに襲い
かかって直線の勝負へ。
最後の直線でロングエースとタイテエム
2頭の一騎打ちになるかと思いましたが
2頭共に伸び脚が悪く、内から鋭く伸びた
ランドプリンスが一気に先頭に立ち
大外から豪脚を繰り出して追い込んで来た
関東のイシノヒカルをおさえて優勝を飾り
両横綱と言われたロングエースは3着
タイテエムは4着に敗れるという波乱の
結果となりました。
そして迎えた第39回日本ダービー、
このレースには皐月賞を制したランド
プリンス、雪辱を期すロングエースと
タイテエムの関西の3強のほか、関東の
有力馬豪脚のイシノヒカル、ヒンドスタン
最後の傑作ハクホオショウや快速馬
スガノホマレ、ダービートライアルだった
当時のNHK杯を制した西の新星ランド
ジャガーやタケクマヒカル、ストロングエイト
ノボルトウコウ、ユーモンド、タケデンバード
など後の重賞勝ち馬達が出走しました。
当時のフルゲートは28頭でしたが、
ファインダイヤが出走取消、選ばれし
27頭でのレースとなりました。
当時は、スタート直前まで各馬に係員が
付きそい、全馬がゲートに入ると係員が
一斉に離れてゲートが開き、大歓声の中
スタートするというやり方でした。
毎年、この時が一番ドキドキする瞬間で
各馬が大歓声の中、一斉にスタートする
光景は、まさに壮観で見ていて、いつも
感動していました。
しかし、騎手の人達にとっては頭数が
多いため、各馬が内に切れ込んで来て
位置取り争いをするため、毎年命がけの
戦いだったそうです。
この年の日本ダービーは7月に行われた
ことから、七夕ダービーと呼ばれました。
1番人気はロングエースが支持され、
2番人気に皐月賞馬ランドプリンス、
3番人気に四白流星の貴公子タイテエム
と関西の3強が上位を占め推されました。
レースは、スタートして大歓声の中、
激しい位置取り争いが行われ、内枠を
利してスガノホマレが激しい先行争いを
制して先頭に立って逃げ、その後ろから
ナイスジャック、ユーモンド、タケクマ
ヒカルが続き、向こう正面に入ると
10番手以内にタイテエムとロングエースが
いて、ランドプリンとハクホオショウは
中団から、イシノヒカルは後方からという
展開になりました。
第3コーナーでユーモンドが先頭に立つと
タイテエムも早くも2番手に上がり、それを
見てランドプリンス、ロングエースも
先行集団に取りつき、第4コーナーでは
ストロングエイトも上がって行って
直線の勝負へ。
直線に入って馬場の真ん中から
タイテエムが先頭に躍り出ると、外から
ランドプリンス、内からはロングエースが
鋭く伸びて差を詰め、大外からは
ハクホオショウも追い込んで来ましたが
最後はロングエース、ランドプリンス、
タイテエムの3強が横一線となって
ゴールまで、激しい競り合いを演じ、
ゴール前で内から伸びたロングエースが
壮絶な死闘を制して優勝を飾りました。
このロングエースの勝利により、馬体重が
500キロ以上の馬はダービーに勝てない
というジンクスも解消され、この3強による
壮絶な死闘は、競馬史上に残る
名勝負として今でも語り継がれています。
しかし、この勝利がロングエースにとっての
最後の勝利になってしまいました。
夏を休養したロングエースは秋に入って
菊花賞目指し、京都新聞杯からスタート
したものの、タイエテムの6着に敗れ
続く菊花賞でもイシノヒカルの5着に終わり
そして有馬記念でも8着に大敗するなど
ロングエースはダービーで燃え尽きて
しまったかのように凡走を繰り返して
しまいました。
やはり脚部が悪かったのか、その後
ロングエースは脚部不安のため、長期
休養に入って復帰を目指しましたが
治療の甲斐なく、二度と競馬場に
その雄姿を見せることなく、そのまま
引退となってしまいました。
引退したロングエースは当時あった
北海道浦河の東部種馬センターで
1975年から種牡馬として繋養されました。
私も牧場巡りで当時の少ない情報の中で
この東部種馬センターに何とか行って、
ロングエースに会うことが出来ました。
ロングエースは、とても人懐っこくて、
可愛くて、私の姿を見ると、すぐに駆け
寄って来てくれて、一緒に写真を撮らせて
もらったり、思い出話を聞いてもらいました。
ロングエースは、当時の内国産種牡馬
不遇の時代にあって、初年度産駒から
宝塚記念やNHK杯を勝ち、代表産駒と
なったテルテンリュウをはじめ、その後も
日経新春杯や神戸新聞杯に優勝した
スピードヒーローなどの重賞勝ち馬も
コンスタントに輩出し、更に日本競馬史上
初となる白毛の競走馬であるハクタイユー
や地方競馬での重賞勝ち馬を送り出すなど
内国産種牡馬として好成績をあげました。
1993年24歳になったロングエースは
種牡馬を引退し、生まれ故郷の
岡崎牧場で静かに余生を送りました。
記録によりますと
1994年3月3日、日本の競馬史上最強の
世代と言われた昭和47年のダービーを
制したロングエースは老衰のため、
25年の生涯に幕を下ろし、静かに天国に
旅立って行きました。
今週は東京競馬場で春のクラシックの
クライマックス、競馬の祭典、第93回
東京優駿(日本ダービー)が行われます。
ロブチェン、グリーンエナジー
アウダーシア、パントルナイーフに
注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。







