昨日、京都競馬場で行われました
第56回マイラーズカップは5番人気の
ロングランが直線で馬場の真ん中から鋭く
抜け出して勝ち、小倉大賞典に続く重賞
連勝を飾りました。
2着には1番人気のジュンブロッサム、
3着には2番人気のセオが入りました。
そして昨日は辛く悲しい日曜日になって
しまいました。
香港に遠征していた偉大な3冠牝馬
リバティアイランドが香港クイーン
エリザベス2世Cで最後の直線で競走を
中止し、その後、予後不良の診断で
安楽死の処置が取られたとのこと。
何とか無事に日本に帰って来て欲しかった
という願いも届きませんでした。
日本の宝を失ってしまいました。
今はただ早くて強くて美しかったお嬢さん
リバティアイランドのご冥福を祈る
ばかりです。
今まで本当によく頑張ってくれました。
私もリバティアイランドがお嬢さんから
お母さんになる姿を見たかったです。
あなたのことは決して忘れることは
ありません。
どうか安らかにリバティアイランド
今週は、京都競馬場で伝統の第171回
天皇賞(春)が行われます。
天皇賞は、日本中央競馬会が春・秋に
年2回施行する中央競馬の重賞競走
(GⅠ)で、第1回とされる「帝室御賞典」は
1937年(昭和12年)に行われていますが
日本中央競馬会が前身としている
「エンペラーズカップ」まで遡ると
1905年(明治38年)に起源を持ち、日本
で施行される競馬の競走では最高の
格付けとなるGⅠの中でも長い歴史と
伝統を持つ競走となっています。
帝室御賞典は戦局悪化のため1944年
(昭和19年)秋に中止され、終戦後の
1947年(昭和22年)春に「平和賞」の
名称で再開され、同年秋から天皇賞と
改称され現在に至っています。
現在は賞金のほか、優勝賞品として
皇室から楯が下賜されており、天皇賞を
「盾」と通称することもあります。
思い出の馬は、最強の世代に生まれた
四白流星の貴公子タイテエムです。
タイテエムの父は凱旋門賞を勝った
セントクレスピンで代表産駒には天皇賞馬
エリモジョージをはじめ、アイノクレスピン
ヤマニンゴロー等の重賞勝ち馬がいます。
タイテエムは、私が史上最強の世代と
思っている花の昭和47年のクラシック組で
同期にはダービー馬ロングエース、
皐月賞馬ランドプリンス、菊花賞・有馬
記念馬イシノヒカル、天皇賞・有馬記念馬
タニノチカラ、有馬記念馬ストロングエイト
幻のダービー馬ヒデハヤテ、悲運の宝塚
記念馬ハマノパレード、逃げる精密機械
トーヨーアサヒ、超音速スガノホマレや
安田記念の覇者ハクホオショウ等、
挙げれば切りがないほど、多くの名
馬達がいます。
タイテエムはイギリスからの持込馬で、
良血と四白流星の華やかな好馬体で
あったものの、当時は顔面に大流星のある
四白は名馬になれないという言い伝えも
あって、なかなか買い手が
つきませんでした。
今では考えらえませんが。
タイテエムは旧馬齢3歳秋の京都の
新馬戦でデビューし、1番人気に支持され
ましたが、この新馬戦には後に関西の
怪物と言われたヒデハヤテも出走していて
タイテエムはヒデハヤテの前に8着に
大敗してしまいました。
続く新馬戦では快勝したものの、次の
条件特別戦では3着に敗れ、3歳時は
3戦1勝に止まりました。
年が明けて4歳になったタイテエムは
馬体の立て直しを図ると、条件特別戦を
連勝して3勝目を挙げました。
例年ですと、この時期に勝利を積み
重ねても春のクラシックへの出走は難しく
なりますが、この年は前年末から同年
春まで、関東で馬インフルエンザが流行し
2ヶ月の開催中止となり、春の競走番組が
大幅に遅れてしまったため、タイテエムも
何とか春のクラシックへの出走に間に合い
ました。
タイテエムは東上すると、皐月賞トライアル
スプリングステークスに出走しました。
このレースには圧倒的な強さで5連勝中の
ヒデハヤテも参戦。
しかし、ヒデハヤテはこの時、重度の
脚部不安を抱えていて、この無理な出走が
ヒデハヤテの競走生命を短くしてしまう
ことになってしまいました。
レースは、ヒデハヤテが軽快に逃げ
このまま逃げ切って6連勝を飾るかと
思いましたが、ゴール前でタイテエムが
ヒデハヤテを半馬身差し切って優勝を飾り
重賞初制覇を果たすと共に、一躍、西の
クラシックの有力候補に名乗りを挙げ
ました。
そして迎えたクラシック初戦の皐月賞
西の大将格のヒデハヤテが脚部不安で
戦線離脱する中、このレースには弥生賞を
勝ったロングエース、2着だったランド
プリンスや東の期待イシノヒカル等が出走。
ロングエースが1番人気に推され、
タイテエムは2番人気での出走となりました。
レースは直線で3番人気のランドプリンスが
鋭く伸びて馬群を抜け出し、猛然と追い
込んで来たイシノヒカルをおさえて優勝を
飾り、タイテエムは見せ場なく7着に敗れて
しまいました。
続いて出走した当時のダービートライアル
NHK杯でタイテエムは、1番人気に
推されたものの、3着に敗れました。
そして開催が遅れ7月に行われたことで
七夕ダービーとも呼ばれた日本ダービー
では、西の3強ロングエース、ランド
プリンス、タイテエムと東のイシノヒカル、
ハクホオショウとの対決になりました。
レースは最後の直線で横一線となる中
ロングエース、ランドプリンス、タイテエムの
3頭が競馬史上に残る壮絶な叩き合いを
演じ、わずかにロングエースが競り勝って
優勝を飾り、タイテエムは3着に終わり
ました。
夏も無事に越したタイテエムは菊花賞を
目指して、神戸新聞杯に参戦。
直線で皐月賞馬ランドプリンスとの一騎
打ちになるも、最後はランドプリンスを
突き放してレコードタイムで優勝。
続く当時は菊花賞トライアルだった京都
新聞杯にも出走し、ロングエースやランド
プリンスをやぶって優勝し、春の雪辱を
果しました。
そして迎えたクラシック最終戦の菊花賞
このレースにはダービー馬ロングエース
皐月賞馬ランドプリンスやイシノヒカル
ランドジャガー等、春のクラシック組が
顔を揃えました。
1番人気は今度こその期待を込めて
タイテエムが推されました。
レースは、第4コーナーで全馬が一団と
なって、直線の勝負へ。
馬場の真ん中を通ってタイテエムが先頭に
立つと、杉本アナの「タイテエムが先頭か
四白流星だ 緑におどる」という名実況が
ありましたが、外からもの凄い脚を使って
イシノヒカルが追い込んでタイテエムを
差し切って優勝を飾り、タイテエムは
2着に敗れ、クラシック制覇の夢は
叶いませんでした。
これにより、いつしか人はタイテエムを
無冠の貴公子と呼ぶようになりました。
年が明けて古馬になったタイテエムは
不良馬場の中で行われた金杯から
スタートし、当然のごとく1番人気に
支持されましたが、差をつけられた
まさかの4着に敗れてしまいました。
続いてタイテエムはハンデ戦を嫌ったのか
天皇賞を目指す馬としては珍しい
マイラーズカップに参戦。
このレースには、やはり天皇賞を目指す
ランドプリンスやスガノホマレも参戦。
当日は雨の不良馬場の中、タイテエムが
1番人気に推されました。
レースはエリモシルバーが逃げ、
タイテエムは3番手を追走、スガノホマレは
中団から進み、ランドプリンスは
どうしたのか、離れた最後方からの競馬と
なりました。
第4コーナーで仕掛けたタイテエムは
最後の直線で外を回って先頭に立つと
一気に突き放して5馬身差をつけて圧勝。
4つ目の重賞を獲得しました。
そして迎えた第69回春の天皇賞、
ロングエースが引退し、イシノヒカルも
脚部不安を発症して戦線離脱する中
このレースにはランドプリンス、ナオキ
ハマノパレード、スガノホマレ等の
同期の他、オンワードガイ、カツタイコウ
エリモカップ等の先輩古馬達が出走。
今度こその期待を集め、タイテエムが
1番人気に支持されました。
この日も発走直前から豪雨となり視界が
悪い中、レースはナオキがハナを奪って
逃げ、その後ろからシンザンミサキ、
ユーモンド、エリモカップが先行し、
タイテエムは5番手を進み、タイテエムを
マークするように6番手にランドプリンス、
ハマノパレード、スガノホマレ、オンワード
ガイ、カツタイコウは中団からの競馬と
なりました。
向こう正面でシンザンミサキが先頭を
奪うとタイテエムとランドプリンスが後方に
下がりはじめ、タイテエムはどうしたのか、
後ろから2頭目まで下がってしまい、
場内は騒然となりました。
しかし、タイテエムは第3コーナー過ぎから
外を通って一気に捲くり気味に仕掛けて
先頭集団に入り、15頭が一団となって
直線の勝負へ。
最後の直線でシンザンミサキとナオキは
内をつく中、タイテエムが大外から一気に
伸びて先頭に立ち、杉本アナの
「四白流星タイテエム 無冠の貴公子に
春が訪れます」の名実況の中、夢にまで
見たゴールを駆け抜け、第69代天皇賞馬
に輝きました。
天皇賞馬に輝いたタイテエムは、当時の
王道路線を歩んで、夏のグランプリ競走
宝塚記念に駒を進めました。
このレースにはハマノパレード、ナオキ
カツタイコウ、シンザンミサキ、エリモカップ
ミリオンパラ等が出走し、1番人気は
タイテエムが推され、まさに春の天皇賞の
再戦となりました。
レースは大方の予想ではナオキが逃げると
思われていましたが、ハマノパレードが
差を広げながら大逃げを打つ展開となり
場内が騒然となりました。
タイテエムは2番手を追走し、その後ろから
ナオキが続きました。
第3コーナーで徐々に差を詰めていった
タイテエムは快調に飛ばすハマノパレード
と直線の勝負へ。
最後の直線で逃げ込みを図るハマノ
パレードをタイテエムも必死に捕えようと
しましたが、クビ差捕えきれず、ハマノ
パレードのレコードタイムでの優勝の前に
惜しくも2着に敗れてしまいました。
そして、この宝塚記念がタイテエムに
とっての最後のレースとなってしまいました。
ゴール板を通過後、アブミが切れ、向こう
正面で騎手を振り落として放馬し、
転倒するというアクシデントに見舞われ
その際に左後ろ脚飛節のアキレス腱を
痛めてしまい、懸命の治療を施したものの
回復せず、この年の10月14日に引退が
発表されました。
引退後、北海道新冠スタリオンセンターで
種牡馬になったタイテエムは、当時の
内国産種牡馬不遇の時代の中で
シンチェスト、コーセイ、ウエスタンジョージ
エンペラーエース他、多くの重賞勝ち馬を
世に送り出す等、種牡馬としても優秀な
成績を残しました。
私も牧場めぐりでタイテエムに会えた日の
ことを今でも鮮明に覚えています。
順風満帆な種牡馬生活を送っていた
タイテエムでしたが、20歳を過ぎた頃から
体力の衰えが目立ち始め、古傷の悪化も
あったことから、1992年に種牡馬を引退。
その後、馬主さんの優しい意向もあって
北海道門別の牧場で余生を送ることに
なりました。
記録によりますと
1993年 25歳になったタイテエムは
急激に老化が進んで満足に歩けないほど
弱っていってしまい、秋には厩務員の
助けがないと寝起きも出来ないほど
衰弱してしまいました。
そして1993年10月23日 老衰のため
タイテエムは多くの関係者に見守られ
ながら、静かに天国に旅立って行きました。
今週は、京都競馬場で伝統の第171回
天皇賞(春)が行われます。
ヘデントール、サンライズアース
ショウナンラプンタ、ブローザホーンに
注目しています。
昨日は起こってはならないことが起こり
日本の至宝リバティアイランドを失うことに
なってしまいました。
今週は悲劇が起きることがないように
全人馬の無事を祈りながらレースを観ます。










