今年は小倉競馬場で行われました伝統の
第72回中京記念は5番人気のアルナ
シームが道中は中団を進み、直線に
入って鮮やかな差し切りを決めて優勝。
重賞初制覇を果たしました。
2着には2番人気のエピファニー、3着には
トップハンデ59キロで1番人気のエルトン
バローズが入りました。
今週は、札幌競馬場で伝統の第72回
クイーンステークスが行われます。
クイーンステークスは1953年に旧馬齢
4歳牝馬による重賞競走として創設され
昭和期においては東京競馬場や中山
競馬場で牝馬による秋の重賞競走として
行われていました。
1996年に秋華賞が新設された際、
秋華賞のトライアル競走となり、距離も
1800mに変更されました。
その後2000年に行われた古馬牝馬競走
体系整備の一環として4歳(現3歳)以上の
牝馬限定戦となり、同時に8月札幌開催の
序盤戦を盛り上げる狙いで施行場を札幌
競馬場に移設されたことでレースの
位置づけや性格は大きく変わることに
なりました。
これにより9月中山開催における秋華賞
トライアル競走としての役割は、同時に
新設された紫苑ステークスに引き継がれ
ました。
思い出の馬は、京都に散った白い花
と言われた悲劇の名牝 昭和47年
第20回優勝馬タカイホーマです。
タカイホーマの父はスパニッシュイクス
プレスで、代表産駒には私が大好きだった
アローエクスプレスやオープン大将と
言われたコーヨー等がいます。
またタカイホーマの兄には南関東初の
3冠を制し地方競馬の史上最強馬と評され
中央競馬でも天皇賞や宝塚記念に優勝
した名馬ヒカルタカイがいます。
タカイホーマは、昭和47年の牝馬
クラシック組で同期には桜花賞馬
アチーブスター、オークス馬でダービー馬
タケホープの姉タケフブキ、後に安田記念
を制したキョウエイグリーン、朝日杯3歳
ステークスを制したトクザクラ、シンザン
記念優勝馬シンモエダケ等、この年の
牡馬同様、花の昭和47年組には多くの
名牝達が存在しました。
旧馬齢3歳の札幌でデビューしたタカイ
ホーマはデビュー戦には敗れたものの、
2走目の新馬戦に勝利すると続く特別戦を
勝って連勝し、関東のクラシック候補に
名乗りをあげましたが当時の3歳牝馬には
東のトクザクラ、西のシンモエダケという
強力な牝馬が存在していたため、まだ
特に目立った存在ではありませんでした。
年が明けると、この年はインフルエンザや
組合ストライキの影響で競走スケジュール
が大幅に乱れ、クラシック路線も2ヶ月
遅れで開催されることになりました。
そんな状況の中、4歳になったタカイ
ホーマは3月に行われることになった
京成杯で初重賞に挑戦しましたが、
関西牡馬の強豪ヒデハヤテや後の
皐月賞馬ランドプリンスの前に4着に
敗れたものの、大善戦しました。
この後、タカイホーマの快進撃が始まり、
牝馬同士のクイーンカップでは2着に
5馬身差をつけて圧勝、その後桜花賞への
参戦は断念してカーネーションカップに
出走し、ここも2着に4馬身差をつけて
圧勝しました。
そして続く優駿牝馬(オークス)トライアル
4歳牝馬特別では後のオークス馬
タケフブキやシンモエダケをやぶって
優勝し、3連勝を飾ると共にオークスの
最有力馬に躍り出ました。
本番のオークスは距離が2400mで
あったため、父がクラシック戦線で距離に
泣いたアローエクスプレスと同じ
スパニッシュエクスプレスだったため、
当時タカイホーマは距離が持つかどうか
疑問視されました。
それでもオークスでは1番人気に推された
タカイホーマは直線で一旦先頭に立つなど
大健闘し、後のダービー馬タケホープの姉
タケフブキに敗れはしたものの、2着に
入りました。
そして次に当時残念ダービーと言われて
いた日本短波賞に参戦、イシノヒカル、
スガノホマレ、ハクホオショウ、ヒロクニ
タケクマヒカル等の名立たる牡馬相手に
スガノホマレの僅差の3着に入るなど
大善戦しました。
クラシック開催が大幅に遅れたことで
日本短波賞が行われたのは7月30日
だったため、タカイホーマは夏の休養が
無いまま、当時の牝馬クラシック3冠目の
ビクトリアカップを目指して秋緒戦、
クイーンステークスに出走しました。
このレースには後の安田記念優勝馬
キョウエイグリーンやカミノチドリ等が
出走し、斤量が他馬より3キロも多く
背負ったタカイホーマでしたが、圧倒的
1番人気に推されました。
レースはスタートしてキョウエイグリーンが
軽快に逃げ、タカイホーマはキョウエイ
グリーンをマークしながら好位につける
展開となりました。
第4コーナーから直線に入って後続馬を
突き放して先頭に立つキョウエイグリーン
を馬場の真ん中からタカイホーマが一気に
伸びて、残り100mあたりでキョウエイ
グリーンを捉えて先頭に立つと、さらに
キョウエイグリーンに2馬身差をつけて
圧勝。
この圧勝劇でタカイホーマが秋の女王の
座に就くのは間違いないとまで言われ
ました。
しかし、この勝利がタカイホーマにとっての
最後の勝利となってしまいました。
そして、この後に起きる悲劇をこの時
誰が予想したでしょうか。
西下して出走した京都牝馬特別においても
タカイホーマは1番人気推され、ライバルの
桜花賞馬アチーブスターやシンモエダケ
には先着したものの、まさに僅差の4着に
敗れてしまいました。
そして迎えた運命の第3回ビクトリアカップ、
現在の秋華賞にあたるこのレースには
桜花賞馬アチーブスターやシンモエダケも
参戦しましたが、東の代表格となった
タカイホーマは、このレースでも1番人気に
推されました。
運命のスタートが切られ、予想外の
先行策に打って出たアチーブスターを
前方にみながらタカイホーマは中団を
進み、レースはスローペースでの展開と
なりました。
そして勝負どころの第3コーナーに入った
ところでタカイホーマに異変が発生して
急激に失速し、しかしそこで停止させる
ことが出来ずに第4コーナーまで来るも、
コーナーを曲がり切ることが出来ずに
崩れ落ちるかのように転倒し、競走を
中止しました。
競走を中止したタカイホーマの状態は酷く
脚の第一指関節完全脱臼、右後ろ脚
浅屈腱断裂を起こしていて、更に折れた
骨が心臓に刺さってしまったことで
出血多量を起こし、それが原因で死亡して
しまいました。
わずか4年にも満たない本当に短い
生涯となってしまいました。
突然起こった悲劇にスタンドはどよめき、
若き名牝の死を多くの人が悼みました。
後の話によると、タカイホーマは
第3コーナーで右後ろ脚浅屈腱断裂を
起こしたが、競走馬の本能なのか、その時
すぐに停止させることは出来ず、そのまま
走り続けたため、次には前脚を脱臼して
しまい、ついに第4コーナーを曲がることが
出来ず、崩れ落ちたとのことです。
私は当時、生中継ではこの悲劇を見て
いませんが、中央競馬ダイジェストで
この悲劇を知り、本当にショックを受け
ました。
この名牝タカイホーマ悲劇は決して
忘れてはいけない悲劇として今でも語り
継がれています。
今週は、札幌競馬場で第72回クイーン
ステークスが行われます。
ウインピクシス、コンクシェル、ボンドガール
モリアーナに注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。



