先週、京都競馬場で行われました
第55回マイラーズカップは1番人気の
ソウルラッシュが道中は好位置をキープし
第4コーナーで外から差を詰めると
直線で鋭く伸びて抜け出し、2022年に
次ぐマイラーズカップ2勝目を挙げ、
3つ目の重賞を獲得しました。
2着には2番人気のセリフォスが入り、
3着には6番人気のニホンピロキーフが
入りました。
今週は、京都競馬場で伝統の第167回
天皇賞春が行われます。
天皇賞は、日本中央競馬会が春・秋に
年2回施行する中央競馬の重賞競走
(GⅠ)で、第1回とされる「帝室御賞典」は
1937年(昭和12年)に行われていますが
日本中央競馬会が前身としている
「エンペラーズカップ」まで遡ると
1905年(明治38年)に起源を持ち、日本
で施行される競馬の競走では最高の
格付けとなるGⅠの中でも長い歴史と
伝統を持つ競走となっています。
帝室御賞典は戦局悪化のため1944年
(昭和19年)秋に中止され、終戦後の
1947年(昭和22年)春に「平和賞」の
名称で再開され、同年秋から天皇賞と
改称され現在に至っています。
現在は賞金のほか、優勝賞品として
皇室から楯が下賜されており、天皇賞を
「盾」と通称することもあります。
思い出の馬は、怪物ハイセイコーと同じ
時代に生まれ、3強とも第三の男とも
言われた名ステイヤー昭和50年
第71回優勝馬イチフジイサミです。
私の中学からの友人が大好きな馬で
最後まで熱心に応援していました。
イチフジイサミの父はステイヤー系種牡馬
オンリーフォアライフでイチフジイサミの他
代表産駒にはアルゼンチン共和国杯や
金杯に勝ったクリイワイ、目黒記念優勝馬
ヒロクニや中山大障害等に優勝したサクラ
オンリー等がいます。
イチフジイサミは昭和48年のクラシック組
で同期には公営大井競馬から鳴り物
入りで中央に移籍してきて社会的現象にも
なった怪物ハイセイコーやダービー馬
タケホープ、天皇賞馬カミノテシオ、
ホウシュウエイト、ホワイトフォンテン
ヌアージターフ、ディクタボーイ、シルバー
ランド、クリオンワード等がいます。
イチフジイサミは旧馬齢3歳夏の東京の
新馬戦でデビューしましたが、後の
ダービー馬タケホープの前に7頭中の
6着に敗れました。
またこのレースには後にセントライト記念に
勝つヌアージターフも参戦していました。
当時の3歳戦は距離が短い競走が
多かったため、ステイヤー系のイチフジ
イサミは苦戦を強いられ、この年に10戦
したものの、勝つことは出来ませんでした。
年が明けて4歳になったイチフジイサミは
距離が少し伸びたことや身が入ってきた
ことが功を奏したのか11戦目にして
ようやく初勝利を挙げることができました。
イチフジイサミはその後、条件特別競走を
2連勝したことでクラシックへの挑戦権を
手に入れることが出来ました。
そしてハイセイコーの登場で日本中が注目
する中、クラシック初戦の皐月賞に挑んだ
イチフジイサミは16頭中10番人気という
低評価でしたが、勝ったハイセイコーの
4着に入るなど、大健闘しました。
続いてイチフジイサミは日本ダービーに
駒を進めました。
当時のダービートライアルNHK杯で辛勝
だったものの無敗の10連勝でダービーに
出走してきたハイセイコーが圧倒的
1番人気に推され、皐月賞で4着となった
イチフジイサミは主戦ジョッキーの剛腕
郷原騎手が怪我のため騎乗できず、
津田騎手に乗り代わったためか、
12番人気という低評価を受け、タケホープ
は9番人気での出走となりました。
カミノテシオが取り消して27頭で行われた
日本ダービーは、快速馬が多くいたため、
予想通りハイペースとなりハイセイコーは
このハイペースに巻き込まれながら
ダービーポジションと言われた10番手
以内でレースを進めました。
最後の直線に入ってニューサントを捉えた
ハイセイコーでしたが、中団を進んでいた
イチフジイサミが場内から悲鳴が起こる中
ハイセイコーを交わして一旦先頭に
立ち、外から追い込んで来たタケホープ
との競り合いになりましたが、タケホープ
が内に切れ込んできたため、進路を妨害
される不利が致命傷となり、惜しくも
2着に敗れました。
まさにダービーは運も無ければ勝てない
ことを立証した形になりました。
続いてイチフジイサミは、当時は
残念ダービーと言われていた日本短波賞
に出走。
ダービー2着の実績からも当然1番人気に
推され、その期待どおり直線でニューサント
を捉えて勝ち、重賞初制覇を果たしました。
夏を休養したイチフジイサミはセントライト
記念から始動し、1番人気に推された
ものの、ヌアージターフの前に2着に
敗れました。
その後西下したイチフジイサミはクラシック
最終戦の菊花賞に参戦しましたが、ハイ
セイコーとタケホープが競馬史上に残る
名勝負を演じる中、3着に終わりました。
その後、有馬記念にも出走しましたが
しんがりの11着に大敗しました。
年が明けて5歳になったイチフジイサミは
飛躍を期待されましたが、決めて不足
からか、春シーズン、善戦はしましたが
なかなか勝てずにオープン競走の1勝に
終わりました。
秋に入って京王杯AHで5着後、オール
カマー参戦、セントライト記念で敗れた
ヌアージターフに雪辱を果たし、2つ目の
重賞を手にしました。
そして目黒記念4着後に挑んだ天皇賞秋
では、逃げる精密機械と言われたトーヨー
アサヒが逃げ、イチフジイサミは後方
待機から第3コーナーで上がっていき、
直線に入って内をついたイチフジイサミが
トーヨーアサヒを捉えて先頭に立つも、
やはり内をついて伸びて来たカミノテシオ
との一騎打ちになりましたが、ダービーを
再現するかのように、内に斜行したカミノ
テシオに進路を妨害されるという不利を
もろに受け、またしても2着に惜敗して
しまいました。
レース後、イチフジイサミの郷原騎手は
カミノテシオの斜行に怒りをあらわに
しました。
その後、有馬記念にも参戦し、引退を表明
しているハイセイコーとタケホープとの
最後の対決になりましたが、タニノチカラの
前に8着に敗退しました。
年が明けて6歳になったイチフジイサミは
現役を続行し、中山記念4着、ダイヤモンド
ステークスを3着後に西下し、天皇賞春に
挑みました。
このレースには、前年の二冠馬キタノカチ
ドキをはじめ、ナオキ、スカイリーダ、
バンブトンオール、スリーヨーク等の古馬の
精鋭達が出走しました。
そして、前走のマイラーズカップでタニノ
チカラとイットーをやぶって優勝した二冠馬
キタノカチドキが1番人気に推され、
今度こその期待を集めたイチフジイサミが
2番人気に推されました。
レースはスタートすると、もはや愛嬌とも
言われたミリオンパラの出遅れで始まり
菊花賞と同じようにバンブトンオールが
逃げ、その後ろからナオキ、メジロジゾウが
続き、キタノカチドキは5、6番手、イチフジ
イサミとスカイリーダは中団から進み、
フェアーリュウは後方からという展開に
なりました。
第3コーナーでバンブトンオールが下がり、
代わってナオキが先頭に立つとキタノ
カチドキが仕掛け、それをマークするように
イチフジイサミも差を詰めていき、スカイ
リーダはタイテエムの天皇賞と同じように
しんがりまで下がりました。
18頭が一団となって場内がどよめく中
ナオキが先頭で直線の勝負へ。
直線に入って鋭く伸びたキタノカチドキと
イチフジイサミとの一騎打ちになり、
直線半ばでイチフジイサミがキタノカチドキ
を振り切って優勝、悲願の天皇賞制覇を
果たしました。
しかし、この優勝で燃え尽きてしまったのか
その後、5戦するも勝つことは出来ず、
目黒記念での7着を最後にターフに別れを
告げました。
引退後、種牡馬になったイチフジイサミ
でしたが、いきなり牧場間のトラブルに
巻き込まれ、一時行方不明になるなど
波乱のスタートなりました。
更に長距離血統と内国産種牡馬不遇の
時代でもあったため、種付け頭数も伸びず
産駒もわずかにとどまりました。
記録によりますと
喘息を患いながらも牧場の人達の労を
厭わない介護により余生を過ごしていた
イチフジイサミでしたが1992年10月30日
放牧に出されていたイチフジイサミは
転倒を繰り返すようになり、更にお昼過ぎ
からは喘息の症状も酷くなってカイバも
喉を通らない状態となりました。
獣医の診断でも回復の見通しは無いとの
ことで、これ以上イチフジイサミに苦痛を
与えることは出来ないと判断し、安楽死の
処置がとられ、イチフジイサミは22年の
波乱万丈の生涯を終え、天国に旅立って
行きました。
今週は、京都競馬場で伝統の第167回
天皇賞(春)が行われます。
ドゥレッツア、テーオーローヤル、ブローザ
ホーン、チャックネイトに注目しています。
落馬事故の負の連鎖が止まりません。
早く負の連鎖が止まりますよう、全人馬の
無事を祈りながらレースを観ます。






