先週、中京競馬場で行われました第24回

チャンピオンズカップは1番人気のレモン

ポップが大外15番枠からのスタートして

一気に先頭に立って逃げ、最後の直線でも

スピードが落ちることなく、大外、初距離

初コースを克服し、そのまま逃げ切って

優勝を飾りました。

2着には直線で猛然と追い込んで来た

12番人気のウィルソンテソーロ、3着には

9番人気のドゥラエレーデが入りました。

 

今週は、阪神競馬場で第75回阪神

ジュベナイルフィリーズが行われます。

1949年、関西所属の旧3歳馬による

チャンピオン決定戦として阪神ジュベ

ナイルフィリーズの前身となる阪神3歳

ステークスが創設されました。

その後1991年より牡馬・牝馬の旧3歳馬

のチャンピオン決定戦を明確にすることを

目的に阪神3歳ステークスは牝馬限定戦

とし、競走名も阪神3歳牝馬ステークスに

変更され、旧3歳牝馬によるチャンピオン

決定戦として位置づけられました。

2001年からは馬齢表記が国際基準に

改められたことに伴い、現在の阪神

ジュベナイルフィリーズの名称になり、

今日に到っています。

歴代優勝馬からはクラシックや重賞

勝ち馬が多く出ており、3歳のクラシックに

直結する競走として重要視されています。

 

思い出の馬は、尾花栗毛の派手な

ルックスでファンを魅了した昭和61年

第38回優勝馬ゴールドシチーです。

ゴールドシチーは昭和62年のクラシック組

で、同期には皐月賞、菊花賞の二冠を

制したサクラスターオー、ダービー馬

メリーナイスや悲運に散ったマティリアル

天皇賞馬タマモクロス、ホクトヘリオス等

がいます。

ゴールドシチーは旧馬齢3歳の夏の札幌で

デビューし、新馬戦2戦とも敗れましたが、

3戦目の未勝利戦で初勝利をあげました。

その後、格上の札幌3歳ステークスに挑戦

すると、2着と健闘。

続くオープン特別に勝って、当時の関西

3歳ナンバーワン決定戦、旧名称の阪神

3歳ステークスに駒を進めました。

1番人気は5戦3勝のサンキンハヤテで

ゴールドシチーは3番人気に推されました。

スタートしてメイショウマツカゼが逃げる中

ゴールドシチーは気性の悪さを出しながら

メイショウマツカゼと競り合う展開に。

第4コーナーから直線に入ってゴールド

シチーが先頭に立つと外からサンキン

ハヤテとファンドリスキーの2頭が追い

込んで、3頭が横一線となってゴールに

入線。

写真判定の結果、ゴールドシチーが

アタマ差サンキンハヤテをおさえて優勝。

初のGⅠ制覇となり、関西のクラシック

候補に躍り出ました。

しかし、この勝利がゴールドシチーにとって

最後の勝利になるとは、この時誰が思った

でしょうか。

年が明けて4歳になったゴールドシチーは

東上してスプリングステークスに参戦

しましたが、関東のクラシック候補

マティリアルの前に6着に敗れました。

そして迎えたクラシック第一冠目の

皐月賞では11番人気という低評価を

跳ねのけ、サクラスターオーの2着と

大健闘しました。

続く第二冠目の日本ダービーでは最有力

候補だった皐月賞馬サクラスターオーが

ダービー直前に両前脚に繋靱帯炎を

発症して戦線離脱しまったため、一転して

ダービーが混戦模様となる中、ゴールド

シチーは皐月賞2着の実績から、当日は

マティリアルに次ぐ2番人気に支持され

ました。

しかし、レース中に気性の悪さを出して

しまい、直線で後方から鋭く追い込んだ

ものの、4番人気メリーナイスが圧勝する中

4着に敗退してしまいました。

秋になり、クラシック第三冠目菊花賞を

目指して始動したゴールドシチーは

神戸新聞杯で復帰するも3着に終わり

続く菊花賞トライアル京都新聞杯では

スタート直後に悪癖を出して外へ斜行して

他馬を転倒させたため、3着に入線するも

失格処分となってしまいました。

そして迎えたクラシック最終戦菊花賞、

失格後だったにも関わらずゴールドシチー

は2番人気に支持されました。

レースで好位につけたゴールドシチー

でしたが、直線に入って内をついたサクラ

スターオーが鋭く伸びて先頭に立つと、

追い込んで来たゴールドシチーを半馬身

おさえて優勝。

「菊の季節に桜が満開」という杉本アナの

名実況を生むことになりました。

ゴールドシチーは菊花賞でも善戦むなしく

敗れ、結局クラシック制覇はなりません

でした。

年が明けて古馬になったゴールドシチーは

活躍が期待されましたが、5歳と6歳で

7戦し、天皇賞春5着、京都大賞典と産経

大阪杯での3着等、善戦はしたものの、

勝つまでには至りませんでした。

そして、6歳での宝塚記念で10着を最後に

引退し、引退後は日本中央競馬会が

所有する宮崎競馬場(後のJRA宮崎

育成牧場)で乗用馬として供用されました。

しかし、生来の気性の激しさが災いし

他馬と馴染むことができず、乗用馬として

期待に応えることは出来ませんでした。

記録によりますと

引退から約1年後の1990年5月1日、

宮崎競馬場で暮らしていたゴールドシチー

に突然異変が起こり、放牧場でゴールド

シチーが右前脚を浮かせた状態で立って

いるところを発見され、獣医師により応急

処置が施されましたが、翌2日のレント

ゲン撮影の結果、右前腕骨骨折ということ

が分かり、予後不良と診断され、安楽死の

措置がとられました。

新天地に来てまだ半年で、7歳という

若さでゴールドシチーは短い生涯に幕を

閉じました。

 

今週は、阪神競馬場で第75回阪神

ジュベナイルフィリーズが行われます。

ボンドガール、コラソンビート、キャット

ファイト、ルシフェルに注目しています。

今週も全馬の無事を祈りながらレースを

観ます。