先週、オープンしたシン京都競馬場で

行われました伝統の第167回天皇賞は

誰もが予想しなかった波乱の結末となり

ました。

まず鼻を切って逃げたアフリカンゴールドが

1週目のホームストレッチ後に急に

失速して向こう正面で競走を中止し、次は

圧倒的1番人気のタイトルホルダーが

第3コーナーの勝負所で突然下がり

始めて、競走を中止するという、誰もが

起きてほしくなかった思うことが、現実に

起こってしまいました。

そんなまさかの状況の中、2番人気の

ジャスティンパレスが直線で力強く抜け

出して優勝。

GⅠ競走6度目の挑戦で初制覇を達成

しました。

2着には5番人気のディープボンドが

3年連続で2着となり、3着には追い込んで

きた6番人気のシルヴァーソニックが入り

ました。

グランドオープンしたシン京都競馬場での

素晴らしいターフだったにも関わらず

タイトルホルダー、アフリカンゴールド、

トーセンカンビーナの3頭もの馬達が故障

を発症してしまうという本当に後味の悪い

天皇賞となってしまいました。

3頭の無事と早い回復を祈っています。

こんなことが起きてしまうと、やはり旧京都

競馬場のパドックにあったモチノキの伐採

が影響しているのでは思ってしまうのは

私だけでしょうか。

そのモチノキを使って作成した時計、

文字盤の3がゼッケン番号3の馬になって

います。

天皇賞のタイトルホルダーも3番でした。

これは単なる偶然なのでしょうか。

今は偶然であることを祈るばかりです。

 

今週は東京競馬場で第28回NHKマイル

カップが行われます。

NHKマイルカップは、1953年から

1995年まで東京優駿(日本ダービー)の

トライアル競走として施行されていた

NHK杯を前身としていて、当時クラシック

競走に出走できなかった外国産馬や

短距離系の馬に対し目標となる大レースを

4歳(現3歳)の春季に創設しようということ

から、1996年に春の4歳(現3歳)馬

によるマイル王決定戦として新設され

ました。

私にとってはまだダービートライアル

NHK杯というイメージが強いのですが。

 

思い出の馬は、まだダービートライアル

NHK杯という名称だった第29回優勝馬で

トライアル3冠馬のサンエイソロンです。

サンエイソロンの父は昭和を代表する

万能型種牡馬パーソロンでシンボリ

ルドルフやサクラショウリ、メジロアサマ等

数多くの名馬を輩出しました。

サンエイソロンは昭和56年のクラシック組

で同期にはダービー馬カツトップエース、

菊花賞馬ミナガワマンナ、天皇賞馬メジロ

ティターン等がいます。

サンエイソロンは旧馬齢3歳夏の新潟で

デビューし、新馬戦を見事に快勝。

しかし、続く新潟3歳ステークスでは1番

人気に推されましたが7着に敗れました。

年が明けて4歳になったサンエイソロンは

京成杯に出走し、7着に敗れましたが、

続く東京4歳ステークスは3着となり、

徐々に素質の良さを現してきました。

そして続く皐月賞トライアルのスプリング

ステークスでは見事な差し切リを決めて

優勝、一躍クラシックの有力候補に躍り

出ました。

しかし、本番の皐月賞の前日に繋靱帯炎

を発症してしまい、無念の出走取消と

なってしまいました。

そしてこの時に発症した繋靱帯炎がサン

エイソロンを最後まで苦しめることに

なりました。

この後、サンエイソロンは繋靱帯炎の治療

を行って馬体を立て直し、何とか当時の

ダービートライアルだったNHK杯に出走

することができました。

NHK杯には皐月賞馬カツトップエースも

出走してきましたが、1番人気に推された

のは皐月賞馬ではなく、サンエイソロン

でした。

NHK杯でサンエイソロンは直線で二の足

を使って逃げ粘る皐月賞馬カツトップ

エースを見事に差し切って優勝を飾り、

堂々と日本ダービーの最有力候補となり

ました。

そして迎えたダービーでは今度こその

期待を込めて出走馬27頭中、サンエイ

ソロンが断然の1番人気に支持されました。

レースはキタノコマヨシが逃げ、カツトップ

エースが先行集団を進み、2番人気の

ロングミラーは中団から、そしてサンエイ

ソロンは後方からという展開となりました。

第4コーナーでカツトップエースが仕掛けて

先頭に躍り出て、逃げ切りを図る中、

サンエイソロンは、最後方か直線に入ると

物凄い脚を使って追い込み、二の足を

使って逃げ込みを図るカツトップエースに

迫りましたが、わずかに捕られきれずに

ハナ差で敗れてしまいました。

この後、二冠馬となったカツトップエースは

三冠目の菊花賞を前に不治の病である

屈腱炎を発症したため、引退してしまい

ました。

夏を越したサンエイソロンは秋初戦に

セントライト記念に出走し、メジロティターン

の2着に敗れたものの、続く当時の菊花賞

トライアル京都新聞杯でサンエイソロンは

第4コーナーでは最後方にいたものの、

内をついて、いつもの剛脚を使って追い

込んで差し切り、コースレコードで優勝を

飾りました。

そして最後の1冠、菊花賞に挑みました。

京都新聞杯でのレコードタイムでの勝利で

当然、菊花賞でも再び1番人気に推され

ましたが、菊花賞当日の稍重が影響し

スタミナをロスしたのか、直線で先頭に

立った14番人気のシンザンの仔ミナガワ

マンナを必死に追い込むも、全く届かず、

またしても2着に敗れ、ついにクラシック

制覇はなりませんでした。

中央競馬のクラシック3冠競走のトライアル

であったスプリングステークスや当時の

NHK杯、京都新聞杯の3競走を制しながら

本番で惜敗したサンエイソロンは、いつしか

トライアル三冠馬という嬉しくない異名が

つけられてしまいました。

年が明けて古馬になったサンエイソロンは

初戦の中山記念は5着に敗れましたが、

続く当時のサンケイ大阪杯ではダービー馬

オペックホースやカツアール等をやぶって

優勝、今度こそ天皇賞をはじめてするGⅠ

レースの制覇に期待が掛かりましたが、

サンケイ大阪杯後に繋靱帯炎が再発し、

その後は脚と相談しながらレースに出走

しました。

それでもサンエイソロンは持病の繋靱帯炎

と闘いながらも高松宮杯と毎日王冠で2着

に入るなど健闘し、悲願の天皇賞制覇に

向け天皇賞・秋に出走しました。

天皇賞ではまたしても1番人気に推され、

レースではいつものように後方からレース

を進めましたが、直線に入ってのいつもの

サンエイソロンらしい伸びは全く見られず、

12着と大敗してしまいました。

そして、この後、繋靱帯炎が悪化したため、

天皇賞を最後に引退し、種牡馬となり

ました。

しかし、内国産種牡馬不遇の時代であった

ため、代表産駒には恵まれませんでした。

その後の記録によりますと、

1990年、シンジケートが解散された

頃よりサンエイソロンは、右半身が麻痺し

はじめる等、徐々に弱っていき、1992年

の秋にはついに寝たきりとなってしまった

ため、見かねた関係者により1992年

10月30日、安楽死の措置が取られ、

サンエイソロンは14年の波乱の生涯に

幕を下ろしました。

 

今週は、東京競馬場で第28回NHK

マイルカップが行われます。

好調なオオバンブルマイ、巻き返しを図る

ドルチェモア、ダノンタッチダウン、オール

パルフェに注目しています。

今週は天皇賞のようなことが起きないよう

全馬の無事を祈りながらレースを観ます。