先週、グランドオープンした京都競馬場で
行われました第54回マイラーズカップは
1番人気のシュネルマイスターが直線に
入って最後方から大外一気に伸び、
鮮やかな差し切りを決めて復活の勝利を
挙げました。
2着にはマイル戦初となる4番人気の
ガイアフォース、3着には3番人気のソウル
ラッシュが入りました。
今週は、待ちに待った新生京都競馬場で
伝統の第167回天皇賞春が行われます。
天皇賞は、日本中央競馬会が春・秋に
年2回施行する中央競馬の重賞競走
(GⅠ)で、第1回とされる「帝室御賞典」は
1937年(昭和12年)に行われていますが
日本中央競馬会が前身としている
「エンペラーズカップ」まで遡ると
1905年(明治38年)に起源を持ち、日本
で施行される競馬の競走では最高の
格付けとなるGⅠの中でも長い歴史と
伝統を持つ競走となっています。
帝室御賞典は戦局悪化のため1944年
(昭和19年)秋に中止され、終戦後の
1947年(昭和22年)春に「平和賞」の
名称で再開され、同年秋から天皇賞と
改称され現在に至っています。
現在は賞金のほか、優勝賞品として
皇室から楯が下賜されており、天皇賞を
「盾」と通称することもあります。
思い出の馬は、名スピードを兼ね備えた
名ステイヤーだった昭和47年第65回
優勝馬ベルワイドです。
ベルワイドの父は、昭和を代表する
ステイヤー系種牡馬インディアナで
ダービー馬タケホープの父でもあります。
ベルワイドは昭和46年クラシック組で
同期には二冠馬ヒカルイマイ、菊花賞馬
ニホンピロムーテーやオンワードガイ、
フィドール、メジロゲッコウ、ヤシマライデン
等がいます。
ベルワイドは旧馬齢3歳秋の東京戦で
デビューし、新馬戦を大差で圧勝、続く
特別戦にも勝って連勝し、闘将加賀武見
騎手を背にクラシック候補に名乗りを
あげました。
しかし、続く重賞レースでは2戦とも着外に
敗れ、その後皐月賞トライアル戦では
善戦し、春のクラシックに駒を進め
ましたが、関西から東上してきたヒカル
イマイの疾風の差し足の前にベルワイドを
はじめ、メジロゲッコウやヤシマライデン
等の関東勢は、なす術もなく敗れ去り
ました。
夏を越して秋になり、ベルワイドは菊花賞
トライアルのセントライト記念制し、菊花賞
に向けて西下しました。
春のクラシック2冠を制し、3冠馬を
目指していたヒカルイマイは上手く夏を
越すことが出来ず、不調に陥り、更に
屈腱炎を発症して、菊花賞を断念する
ことになってしまいました。
菊花賞ではヤシマライデン共々、関東
の期待だったベルワイドでしたが、天才
福永洋一騎手のニホンピロムーテーの
奇策の前に4着に敗れ、クラシック制覇は
なりませんでした。
年が明けて古馬になったベルワイドは
オープン戦を快勝し、その勢いのままに
天皇賞春に挑みました。
このレースには天皇賞制覇に執念を
燃やすアカネテンリュウをはじめ、
キームスヴィミー、トウショウピットや
同期のオンワードガイ、フィドール等、
古馬の精鋭達が参戦し、それでも
ベルワイドは1番人気に推されました。
レースはスタートしてケイシュウが先行
しましたが、向こう正面ではベルワイドが
先頭に立って逃げ、フィドール、ヒデチカラ
オンワードガイ、キームスヴィミーが先行し
アカネテンリュウは中団よりやや後ろから
行く展開でレースは進みました。
第3コーナーで一気に仕掛けたアカネ
テンリュウが3番手まで上がって直線へ。
直線では逃げるベルワイドをキームス
ヴィミーが競りかけて2頭の叩きあいとなり
ましたが、ベルワイドが最後まで譲らず
競り合いを制して優勝し、第65代天皇賞馬
に輝きました。
天皇賞優勝の勢いに乗って宝塚記念に
参戦し、ここでも1番人気に推されましたが
歴戦の疲れからか、5着に敗れました。
その後ベルワイドは重賞レースに出走し、
人気を集めるも、着順掲示板に乗るのが
精一杯のレースが続き、なかなか勝つ
ことは出来ませんでした。
年が明け、6歳になったベルワイドは
現役を続け、秋のオープン競走で天皇賞
以来1年4ヶ月に勝利しました。
しかし中央初となる地方競馬招待競走では
1番人気に推されながら6着に敗れて
しまいました。
そして、ベルワイドは続いて私が昔から
好きだった伝統のレース、目黒記念に出走
しました。
このレースには古豪メジロムサシをはじめ
長期休養後、奇跡の復活を遂げたタニノ
チカラ、逃げる精密機械トーヨーアサヒ、
後の有馬記念馬ストロングエイト等、豪華
メンバーが顔を揃えました。
レースは、トーヨーアサヒが逃げる中、
第3コーナーで暴走気味にタニノチカラが
仕掛け、直線に入ってタニノチカラが一旦
先頭に立ちましたが、ベルワイドが外か
ら鋭い差し足で襲い掛かってタニノチカラを
交わし、内から伸びてきたストロングエイト
を押さえ、レコードタイムで優勝。
天皇賞馬の意地と貫禄を見せつける形と
なりました。
しかし、この目黒記念での勝利が
ベルワイドにとっての最後の勝利となり
ました。
その後、有馬記念や宝塚記念に出走し
人気を集めたものの、勝つことは出来ず
3回目の出走となった有馬記念での7着を
最後に引退し、種牡馬となりました。
しかし当時は内国産種牡馬不遇の時代
であり、更に長距離血統ということもあって
苦戦を強いられる中、皐月賞4着の
タケデンフドー等の勝ち馬は排出した
ものの、代表産駒を残すことは出来ません
でした。
その後ベルワイドは1984年に東京大学
農学部付属牧場に移りました。
しかし、そこでベルワイドは体調を崩すこと
となり、記録によりますとベルワイドは
1984年11月頃から神経症状をきたし
始め、病状は次第に悪化の一途を辿り、
年が明けてからは食べることすらまま
ならなくなり、更に神経症状からくる発作も
頻繁に起こるようになって、歩行も困難と
なったため、1985年2月14日安楽死の
処置がとられたとのことです。
享年16歳でした。
今週は、いよいよグランドオープンされた
京都競馬場で第167回天皇賞(春)が
行われます。
連覇狙うタイトルホルダー、巻き返しを
図るアスクビクターモア、スタミナ溢れる
シルヴァーソニック、ボルドクフーシュに
注目しています。
新生なった京都競馬場でこれから
どのような天皇賞のドラマが生まれるのか
本当に楽しみです。
今週も全馬の無事を祈りながらレースを
観ます。


