先週行われました今年のGⅠ開幕を告げる第39回フェブラリー

ステークスは2番人気のカフェファラオが直線で力強く抜け出し

コースレコードタイをマークして優勝。連覇を達成しました。

2着には根岸ステークスの覇者、5番人気のテイエムサウス

ダンが入り、白毛のアイドル馬ソダシが3着に頑張りました。

1番人気に推されたレッドルゼルは6着に敗れました。

今週は、中山競馬場で伝統の第96回中山記念が行われます。

1933年に創設された中山5歳馬特別競走を前身として

1936年に創設され、春季に行われる国内外の大レースを目指す

古馬達による伝統のレースとして定着しています。

そして2017年からは優勝馬に対しGⅠ大阪杯への優先出走権

が付与されています。

思い出の馬は長きに渡って戦い抜いた野武士ヤマブキオーです。

ヤマブキオーは昭和48年クラシック組で同期には競馬ブームを

巻き起こした怪物ハイセイコーやタケホープ、イチフジイサミの

当時3強と言われた3頭の他、ホウシュウエイトやディクタボーイ

がいます。

ヤマブキオーは旧年齢3歳の暮れの中京でデビューし、初戦は

敗れたものの2戦目の新馬戦を勝ち、クラシックに向けて順調に

スタートしたかに見えましたが、その後脚部不安により、クラシック

への出走は叶いませんでした。

旧4歳の秋に復帰するも、条件競走を2勝するに止まりました。

年が明けて古馬になったヤマブキオーは条件特別と当時

行われていたオープン競走に勝って2連勝を飾り、この勢いの

まま中京記念に参戦すると重賞勝ち馬ノボルトウコウや

トーヨーチカラをやぶって初重賞を制覇しました。

その後、天皇賞秋に参戦しましたが、距離が合わなかったのか

13着に惨敗してしまいました。

明けて6歳になったヤマブキオーは東京新聞杯に参戦しましたが

4着に敗退、その後脚部不安を発症して休養を余儀なく

されました。

その年の秋に復帰してダービー卿チャレンジTに出走すると

カーネルシンボリやアンセルモをやぶって優勝し、重賞2勝目を

獲得しました。

しかし、暮れの有馬記念に初めて参戦したものの、イシノアラシ

の5着に敗退しました。

明けて6歳になったヤマブキオーは金杯やAJCCでは敗れた

ものの条件特別競走を圧勝して、伝統の中山記念に参戦

しました。

この競走にはライバルのアイフルやノボルトウコウの他キクノオー

白い逃亡者ホワイトフォンテン等が出走してきました。

そしてこのレースでヤマブキオーは堂々の1人気に推されました。

レースはスタートでホワイトフォンテンが立ち遅れたため、

記憶ではカネオオエが先行し、向こう正面でようやくホワイト

フォンテンが先頭で逃げる展開となり、ヤマブキオーとアイフルは

いつものように後方からの競馬となりました。

直線に入って早めに仕掛けたヤマブキオーが先頭に立ち、後方

からものすごい勢いでアイフルが追い込んで来ましたが、その

追撃をおさえてヤマブキオーが優勝。

続く京王杯SHでも再びアイフルをやぶって優勝、4つ目の重賞を

獲得し、中距離の王者として本格化を果たしました。

その後アルゼンチン共和国杯でアイフルに敗れ、続く高松宮杯

ではフジノパーシアの2着に惜敗しましたが、金鯱賞では

負担重量60.5キロを背負いながらも接戦を制して勝ち、

5つ目の重賞を制覇しました。

しかし、天皇賞秋では距離の問題か、アイフルに敗れ、続く有馬

記念では何とかトウショウボーイの4着に入りましたが、最高峰の

タイトルを手にすることは出来ませんでした。

明けて7歳になったヤマブキオーは現役を続行し、AJCCは

グリーングラスの2着でしたが、得意のオープン競走に勝ち、

連覇を狙って中山記念に挑みましたが、今度はアイフルの

5着に敗れ、続くやはり連覇がかかった京王杯SHでも5着に

敗退してしまいました。

さすがに衰えが見え始めたヤマブキオーでしたが、夏の函館

シリーズに参戦すると巴賞では負担重量62キロを背負って勝ち

続く函館記念でも、何と負担重量63.5キロを背負いながらも

直線で持ち前の追い込みで鋭く抜け出して菊花賞馬コクサイ

プリンスやタイホウヒーロー、トウフクセダン等をやぶって優勝し

健在ぶりを示しました。

その後、休養を余儀なくされましたが、明けて8歳になった

ヤマブキオーは現役を続行し、緒戦のオープン競走に勝って、

3年連続3度目の中山記念に参戦、8歳馬にして1番人気に

推されましたが、3着に敗れてしまいました。

それでも続くオープン競走には勝ちましたが、再び休養に入る

ことになってしまいました。

満身創痍ながら、秋に復帰するもオープン競走4着、そして

3度目の有馬記念に果敢に挑みましたが最下位に惨敗し、

この有馬記念が長年に渡って戦ってきたヤマブキオーにとっての最後のレースとなりました。

ヤマブキオーは、出走したレースでは必ず外から追い込んで

来る馬で実況アナの「外からヤマブキオー、外からヤマブキオー」

という実況を何回も聞きましたし、アイフルと一緒に出走した

レースでは「外からアイフルとヤマブキオーが一緒になって

追い込んで来る」という実況も何回も聞いた気がします。

それ程、この2頭は必ず外から追い込んで来る馬でした。

通算成績47戦20勝 重賞6回優勝は本当に素晴らしい成績で

これから20勝できる馬は、現れることは無いと思います。

また、オープン競走に強かったことでヤマブキオーをオープン大将

という人もいますが、私の中ではオープン競走が強かった馬

と言えばコーヨーという名馬が思い出されます。

1979年1月15日に東京競馬場で引退式が行われ、多くの

ファンから別れを惜しまれて競馬場を去りました。

引退後は十勝軽種馬農協に寄贈され種牡馬となりました。

しかし、内国産種牡馬が不遇の時代であったため、代表産駒を

輩出することは出来ませんでした。

牧場めぐりで、当時情報が少ない中で何とか探して十勝種馬所

を訪ねた時、そこにはヤマブキオーとイシノヒカルがいました。

2頭とも私が大好きな馬だっただけに会えて本当に嬉しく

感激しました。

昔ながらの古い種場所で、それ程大きくない放牧場で2頭とも

静かに佇んでいました。

ヤマブキオーとイシノヒカルは何を見つめ、何を思っていた

のでしょうか。

両名馬の多大な功績からも、もっと良い環境で余生を過ごさせて

あげたかったと今でも思っています。

1984年8月6日、心臓麻痺のため繋養先の帯広畜産大学で

突然14年の生涯に幕を閉じ、持ち前の鋭い差し足で天国に

旅立って行きました。

今週は中山競馬場で第96回中山記念が行われます。

例年に比べ、少し小粒のメンバーのような気がしますが

実績上位のダノンザキッドと堅実な走りのアドマイヤハダル

実力馬カラテと復活を狙うガロアクリークに注目しています。

今週も全馬の無事を祈りながらレースを見ます。