先週行われました第73回朝日杯フューチュリティステークスは
3番人気のドウデュースが直線でのセリフォスとの接戦に勝ち
デビューから3連勝でGⅠ初制覇を果たしました。
鞍上の武豊騎手は同レース22度目の挑戦で悲願の初優勝を
飾り、前人未到のGⅠ24競走の完全制覇へ王手をかけました。
2着には1番人気のセリフォスが入り、3着には4番人気の
ダノンスコーピオンが入りました。
武豊騎手、久しぶりのGⅠ優勝、本当におめでとうございます。
今週は中山競馬場でいよいよ今年の競馬のクライマックス
日本一決定戦有馬記念が行われます。
1955年、当時の日本中央競馬会理事長であった有馬頼寧が
中山競馬場の新スタンド竣工を機に暮れの中山競馬場で
日本ダービーに匹敵する大レースを行いたいと提案し、
当時としては他に類を見ないファン投票で出走馬を選出する
方式が採用され、1956年(昭和31年)に中山グランプリの
名称で創設されました。
しかし、第1回中山グランプリの興奮も冷めやらぬ1957年1月に
創設者である有馬理事長が急逝したため、有馬氏の様々な
功績を称えるため、第2回開催から有馬記念に名称を変え、
これ以来、中央競馬の一年を締めくくるレースであり、ファンが
投票して選んだ名馬達による日本一決定戦のドリームレース
として定着しています。
思い出の馬は昭和を代表する女傑トウメイです。
昭和44年代、ちょうど競馬をまだ良く判らないまま見始めた時、
今でも強く印象に残っている馬が何頭かいます。
ミノル、タカツバキ、アカネテンリュウ、メジロアサマとトウメイです。
トウメイは北海道の小さな牧場で生まれ、馬体重も400キロ前半
で小柄だったためか、当初はそれほど期待されていませんでした。
1968年8月の札幌でデビューし、新馬戦初戦は2着だった
ものの、新馬2戦目で勝ち上がり、その後も特別競走も勝つなど旧馬齢3歳時は6戦4勝という好成績をおさめてクラシックに
駒を進めました。
年が明けて4歳になったトウメイは、シンザン記念では2着だった
ものの、京都4歳特別に快勝し、桜花賞に挑みました。
1番人気に推されたトウメイは直線で鋭く抜け出して勝つかと
思われた瞬間、外からヒデコトブキが猛然と追い込んでトウメイを
捉えて交わして優勝し、トウメイは勝利目前で2着に敗れて
しまいました。
続くオークスでも1番人気に推されたものの、シャダイターキンの
一世一代の脚に3着に惜敗し、結局善戦したものの、牝馬
クラシックは無冠におわりました。
その後オープン競走には勝ったものの、牡馬との混合戦では
惜敗が続いていました。
明けて古馬になったトウメイはマイラーズカップで菊花賞馬
アカネテンリュウ、宝塚記念馬ダテホーライやミノルをやぶって
優勝しましたが、その後脚部不安は発生し休養を余儀なくされて
しまいました。
明けて6歳になったトウメイは1月に復帰し、最初は惜敗が
続きましたが、徐々に調子をあげ、前年優勝のマイラーズカップ
では、菊花賞馬ダテテンリュウをやぶって連覇を達成し、女傑ぶり
を発揮し始めました。
そして前年敗れた阪急杯では出走馬の中でトップ斤量の
58キロを背負って優勝し、更に牝馬東京タイムズでは小さい
馬体に59キロを背負いながら圧勝劇を演じました。
もはや誰もトウメイの勢いを止めることはできませんでした。
その勢いのまま、古馬最高峰の当時東京競馬場の3200mで
行われていました天皇賞に挑みました。
トウメイはこれまで優勝したレースは2000m以下であり、現に
オークスでは敗れていることから、当時、マスコミからは距離に
疑問があると評価されていました。
天皇賞での1番人気は天皇賞に執念を燃やすアカネテンリュウで
トウメイは距離への疑問から3番人気になりました。
スタートしてからすぐにゴールドライジン、ダイホウゲツ、
スピーデーワンダーが激しく先行争いを演じ、ダイシンボルガード
は中段でトウメイは中段より後方でレースを進めました。
直線に入ってスピーデーワンダーとダイホウゲツが逃げ込みを
図り、アカネテンリュウはいつもの伸び脚が見られず、ダービー馬
ダイシンボルガードが差し脚を伸ばしてくる中、外からトウメイが
鋭い脚で伸びて、逃げ粘るスピーデーワンダーを一気に交わして
先頭に立ち、アカネテンリュウやダイシンボルガードをやぶって
天皇賞制覇を果たしました。
その後トウメイは、ラストランとして有馬記念に参戦しました。
このレースにはアカネテンリュウ、メジロアサマ、メジロムサシ
ダイシンボルガード、ジョセツ等が出走を予定していましたが
この年は馬の感冒が流行したため、前日発売で1番人気だった
アカネテンリュウやメジロアサマ等の有力馬が出走を取り消して
しまい、6頭だての寂しい有馬記念になりました。
スタートして、サンセイソロンが逃げる展開となり、トウメイは
後方からの競馬となりました。
直線に入ってコンチネンタルとダイシンボルガードが抜け出す中
またしてもトウメイが大外から鋭く伸びて追い込み、コンチネンタル
とダイシンボルガードを一気に交わして先頭で立ち、見事
有馬記念制覇を果たしました。
因みに敗れたメジロムサシも既に感冒にかかっていたそうです。
この年の有馬記念はアカネテンリュウやメジロアサマ等の
有力馬が出走を取り消したことで、トウメイは運が良かったと
一部の評論家やマスコミに言われていましたが、天皇賞での
勝ちっぷりからも例えどの馬が出走してきても、本格化した当時の
トウメイに勝つことは出来なかったと私は今でも思っています。
トウメイは生涯戦績31戦16勝 2着10回 3着2回で掲示板を
一度も外したことが無いなど、本当に素晴らしい成績を残し、
まさに昭和を代表とする名牝であり女傑だったと思っています。
そしてトウメイは、牝馬でありながらこの年の年度代表馬と
最優秀5歳以上牝馬に選出されました。
引退したトウメイは北海道に帰って繁殖生活に入り、14頭の
産駒をこの世に送り出し、その中の代表産駒としては1978年に
史上初の天皇賞母子制覇を達成したテンメイを輩出しました。
母親としても立派だったと思います。
幕別牧場で余生を送っていたトウメイでしたが、1997年4月7日
31年間の生涯を終え、静かに天国へと旅立って行きました。
今年の競馬もいよいよクライマックス、第66回有馬記念が中山
競馬場で行われます。
クロノジェネシスの連覇そして有終の美か、天皇賞馬
エフフォーリア、菊花賞馬タイトルホルダーなどの3歳勢による
世代交代がなるか、注目です。
そしてラストランに全てをかけるキセキが最後にどのような
パフォーマンスをみせてくれるのかも楽しみです。
今年最後の大一番、何事も無いよう、全馬の無事を祈りながら
レースを見ます。



