今週は、阪神競馬場で上半期の最後を飾る大一番、あなたと
私の夢が走る第61回宝塚記念が行われます。
昭和期は、人気投票に加え、天皇賞のリベンジ戦の様相もあり
ましたが、近年は人気投票に加え、大阪杯出走組と天皇賞組との
激突も楽しみなレースにもなっています。
宝塚記念での思い出の馬は、ハイセイコーとメジロライアンです。
両馬は、共に菊花賞と春の天皇賞で優勝を期待されながら
敗れたものの、この宝塚記念で見事に無念を晴らしました。
ハイセイコーは、春の天皇賞で6着に敗れた結果、怪物返上、
普通の馬になった等と散々、マスコミに叩かれました。
しかし「泣くなハイセイコー血が悪い」と報道した一部の情けある
マスコミもあり、血の宿命を証明するかのようにハイセイコーは
第15回宝塚記念で圧倒的な強さで優勝しました。
ハイセイコーファンにとってこれほど嬉しく、心が晴れ日は
ありません。
また、メジロライアンもメジロ一族の期待を集めた馬でしたが、
期待された菊花賞、春の天皇賞でメジロマックイーンに敗れて
しまいました。
牧場巡りの際に当時のメジロ牧場でお話をお聞きしましたが、
北野オーナーとメジロ牧場は、菊花賞はメジロライアンに勝って
もらい、天皇賞はメジロマックイーンで優勝し、メジロ一族の悲願である親子三代制覇をと願っていたそうです。
親子三代制覇は達成したものの、メジロライアンにもGⅠを
取らせたいとの牧場側の執念が実り、第32回宝塚記念でついに
メジロライアンが同門での宿敵メジロマックイーンを破って優勝。
当時の横山騎手の満面の喜びの顔は、今でも忘れられません。
そして宝塚記念で絶対に忘れてはならない名馬がいます。
その馬の名はライスシャワー。
小さな体でクラシック路線を戦い、あの坂路の申し子と呼ばれた
ミホノブルボンを菊花賞で破って優勝し、そして春の天皇賞では
名馬メジロマックイーンの三連覇を阻止して優勝。
2年後の春の天皇賞で再び優勝し、名ステイヤーとも小さな巨人
とも呼ばれた名馬でした。
天皇賞に優勝した後、疲れが見えたため、宝塚記念への出走は
断念する予定でしたが、ファン投票でも1位に選出され、コースも
この年は阪神淡路大震災の影響で得意な京都競馬場で行われる
ことになったため、出走に踏み切りました。
まさかこの時、あのような事故が起きるとは誰が思ったでしょうか。
しかし、後に当時のある番記者は、天皇賞の後のライスシャワー
の様子は、とても疲れており、こんな疲れた顔のライスシャワーを
見るのは初めてだったとコメントしています。
宝塚記念当日のパドックでのライスシャワーの様子も元気が無く、
心配するファンも多くいたようです。
ライスシャワーは、自分の運命を既にその時に判っていたので
しょうか。
ファンの期待に応えるため、出走したライスシャワーは、どんな
気持ちだったのでしょうか。
第3コーナーで自らスピードを上げた直後に前のめりになって
転倒し、左第一指関節開放脱臼、粉砕骨折を発症。
診療所まで運ぶことすらできずに、その場に幔幕が張られた中で
安楽死の措置が執られました。
落馬負傷した的場騎手は、調教師より、あまりにもむごい姿に
なったライスシャワーに会わない方がいいと言われたそうですが、
ずっと共に戦ってきた友のもとに駆け寄り、体にすがりながら、
号泣したそうです。
あっという間に天に召された小さな巨人ライスシャワー。
翌1996年9月7日には京都競馬場内にライスシャワーの遺髪が
収められた記念碑が建立され、現在でも多くの献花・供え物が
絶えたことが無いそうです。
今年の宝塚記念は、天皇賞優勝馬フィエールマンは出走しない
ものの、大阪杯組からは優勝馬ラッキーライラックの他、
ワグネリアン、ブラストワンピース、クロノジェネシス、天皇賞組
からは2着のスティッフェリオやキセキが出走し、更に皐月賞馬
サートゥルナーリア、香港以来のグローリーヴェイズ等、サマー
グランプリレースにふさわしい豪華メンバーが揃いました。
キセキがどのようなスタートを切るかも注目されます。
昭和期、出遅れる癖があり、その出遅れもご愛嬌と言われ、宝塚
記念にも出走したミリオンパラという超個性的な馬がいましたが、
キセキもスタートが注目される個性的な馬となってしまいました。
個人的にはダービー馬ワグネリアンに頑張って欲しいと思って
います。
やはり競走馬の頂点にたったダービー馬には、ダービー馬らしい
レースを期待していますし、ハイセイコーやメジロライアン
のように、まさにこの舞台で意地を見せて欲しいと思います。
そしてライスシャワーのような悲劇が二度と起きないように祈り
なから、今年もレースを見ます。