地元から高速で1時間半の町に越してきた私たち。
決して実家に近いとは言えないけれど、日帰りも可能な距離に住めることになったのが嬉しかった。
そのことをFacebookで報告すると、女先輩から「おかえり!帰省したら会おうね!」と連絡があった。
この頃には、女先輩に対して「会いたくない」と思う気持ちはだいぶ薄れていた。
先輩に対しても、「嫌い」「嫌」「会いたくない」という気持ちはかなり減っていたように思う。
そりゃそうか、先輩夫婦の結婚から10年だ。
私は女先輩に会うことにした。
先輩と一緒に会う勇気はなかった。
2人を目の前に並べるにはまだ順序というものが必要だ。
女先輩に帰省の日を伝え、ランチができるかどうか聞いてみた。
かなり直前に伝えたので、1時間半くらいなら会えそうなことがわかった。
1時間半。ちょうどいい。
自分の中にどんな感情が起こるのか予想できなかったので、短くてじゅうぶんだった。
女先輩と私は、再会した。
何年ぶりだったのだろう。
先輩夫婦が結婚して何年か経ったぐらいだったような気がするので、おそらくは7年ぶりくらいだろうか。
前と変わらずかわいくておもしろい女先輩。
仕事のこと、健康のこと、いろんな近況を教えてくれた。
私も、なぜ引越しに至ったのか、そもそもどんな人と結婚したのかなどを話した。
話せば話せる。笑える。
元々仲が良かったのだから当たり前か。
仕事の話の時に、子供の話になった。
女先輩は子供を持つ予定はないらしい。
だからガッツリ働きたいのに、年齢制限でなかなか正社員として採用されないようだった。
意外だった。
先輩は、子供を欲しがっていたはずだ。
でも、当時も私は私で子供ができなくて悩んでいたので、
「なぜ子供を持つ予定がないの?」
とは聞けなかった。
それぞれの夫婦に、それぞれの人に事情がある。
いくら仲が良かったとはいえ、久しぶりの再会では聞けなかった。
そして、私から先輩のことを聞くこともできなかった。
何となく、名前すら口にできなかった。
どれだけ傷が深いんだこの後遺症は、と思った。
あっという間にランチの時間を終え、「また帰ってきたら連絡ちょうだい!」と言ってもらって別れた。
無事に再会を果たせてホッとした。
そして、ひとつ大きな壁を越えられたかな、とも思った。
もちろん、「先輩との再会」が最大の壁なんだけれども。
その後の生活は楽しかった。
初めての町で、誰も知る人がいないところからのスタート。
それは前住んでいた場所でも同じことだったのだが、今回は勝手が違った。
夫の仕事柄、地域密着度が高く、また田舎の一軒家を借りて住んだことから、
あれよあれよと知り合いができ、友達ができ、地域の行事にも参加することとなった。
引っ越した翌月には、仕事をはじめたのも大きかったと思う。
地元の人からの様々な情報のおかげで、どんどんこの地に溶け込んでいった。
そして同年秋、いつものように過ごして夕飯を終え、家のことをしていると、携帯のメッセージ音が鳴った。
遠目で携帯画面を見ても、誰からなのかよく分からなかった。
近くで見た時、私の目はまばたきを忘れた。
ついでに、心臓も動くことを忘れていたかもしれない。
私の携帯画面に、あるはずのない、でもずっと心に刻まれていた名前が表示されていた。
先輩からのメッセージ。
10年ぶりの、メッセージだった。