Kyoが、1976年11月8日、ドゥ県立ジュネブリエル病院に赴任して、最初に与えられた宿舎(=アンテルナ:全ては無償)には、<大きな本棚と机と椅子がある25畳ほどの書斎、中二階に舞台のような応接セットとベッドルームには大きなベッドと杖と椅子が在る寝室と四つの足で支えられているバスルームとまた別にシャワーロームが供えられた住居で、食事に関してもシェフの温かい料理を食堂で味わうことが出来ていて、全ては、“医学に携わる人間の義務”を怠らない“病院勤務(=専門医過程)”に対する“立ち位置”の“役割と責任”>と為っていた。これが、Kyoの地域精神科医療と病院医療の出発点>に為っていて、最初の時期に、専門医過程前属していた医者のギターを借りて、音が響き渡る“大きな書斎”で、思い付いて、創作した曲が、「鏡の中の私」という曲だった。

 

Cmj7から弾き始めれるこの曲は、Kyoが、日本に帰国した後に,“沖縄音階”の調べを尊重している「HIROSHIMA」とは異なり、多分、「HIROSHIMA」も、当然、同じであるが、“特に、日本国の自信ある表現者と特別な表現者達”によって、まずは、“日本人の音楽”として、“国際化された表現”で、Kyo自身も含めて、誰かに表現して欲しいという願いが在るんだね。

 

Kyoの場合は、全てが思い付きで、今日、たまたま、職場での時間の合間に、書くことが出来た、未だ、未完成の“歌詞”を、発表することにしました。

 

読んでみて下さい!

 

 

「鏡の中の私:Je-moi on the Mirror」

 

・鏡の中の、私~は、も~う、いない!

⇒か・か・が・み・の・な・か~の~~~わ・た~し~~~は~も~う・い・な~い~!

⇒Virtuel image de moi n’est plus jamais on my mirror !

 

・鏡の中の、私~は、も~う、いない!

⇒か・か・が・み・の・な・か~の~~~わ~た~し~~~は~も~う・い・な~い~!

⇒Sended to moi(me) always it, dosen’t arrive to me !

 

・鏡(世界)~から、私~に、な~にか?の、:鏡=母親

⇒De quelques parts somthing to me queleques enigmes ?

 

・メッセージ(が)、跳~んできた!

⇒Comme messages envoyees !

 

・な~にか?の、た~とえ~に、な~っている⁇

⇒Like some means enigmatiques ? How ??

 

・この世で、一番、確かなモノを!

 

⇒Surely surely the one best !

 

・この世で、一番、確かなモノを!

⇒Surely surely the one best !

 

・僕がいる!ファ~ㇽトウさん!

⇒Being here Bonjours Phallu-re !

 

・だから、鏡の中の私は、もう、いない!

⇒Surely surely never being there !

 

・それは、な~にか? な~にか?

⇒La chose, what’s it ? Being Lalangue ?

 

・私への愛? 愛の始まり?

⇒ For me loved ? Going on humaine love(or l’amour humain)?

 

・愛の彼方に、なにかの?眼差しがある!:⇒なにか=父(=チチ:Φ)

⇒Beyond the loved from phallu-re’s regard !

 

・誰かが、いつも、いてくれてた。:誰か=母

:Been always together (with) someone.

 

・それに、気付かず、生きようと、        

:I lived(or traied to live) but I didn’t see that   

 

・勝手に、勝手に、思っていた。

⇒Pensant always a my feeling my-self

 

・勝手に、勝手に、思っていた。

⇒Pensant always a my feeling moi-meme

 

 

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