Jeanへ
君は、覚えているかな?
25才の僕が、11月8日に、フランスで最初に勤務したGenevrieres病院に赴任し、
病院の官舎で、なんとなく、口ずさみながら、ギターを奏でていたことを?
その時のギターは、ディディエが、僕に貸してくれたアコースティックギターだったよ。
そして、不思議な瞬間に出来たこの曲は、<コトバを喋るフロイト的無意識の主体>として生きる人間が、
どう考えても、<去勢を受け入れ、構造的に成り立っている、言語という数学的な次元>に生き、
<対象を失うことによって、生み出される、未曽有なコトバの世界を可能にする>ということだった。
何もわからず、夜中まで、一人で、昔の記録を読みながら、
恐ろしくて、孤独な体験を、続けながら、厳しい儀式のような、
ボスの部屋での要診察患者の診察に、毎朝、皆の中に混ざって、
話を聴きながら、二つの大きな部屋と舞台のような室内バルコニーのある、
ボクの部屋で、自然にできた曲だった。
<厳しい制約の次元>で、細やかであっても、
<自立した創造的な自由を生きれる>という確信と孤独な寂しさだったかな?
日本語になっている歌詞を君に送ることにした。
では、A bientot。
Mariaへ宜しくね!
Kyoより
「鏡の中の私」
鏡の中の私は、もう、いない!
鏡の中の私は、もう、いない!
母の世界から、何かが、
伝えられた!
何かが、伝えられた!
この世で、一番、確かなモノを!
この世で、一番、確かなモノを!
僕がいる!ファ~ㇽトウさん!
だから、鏡の中の私は、もう、いない!
それは、なにか? なにか?
愛? 愛の始まり?
愛の彼方に父(=チチ:Φ)がいる!
母が、いつも、いてくれてた。
それに、気付かずに、生きようと、
勝手に、思っていた。
勝手に、思っていた。