自分と子どもの境界線の意識 | 【不登校 | しんどい子育てから自由で明るい子育てに変身中】働くママ(休職中)のブログ

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高1と小6(不登校・ADHD)息子がいる母親の日々を、私の感情に焦点を当てて正直に綴ります。かつての私のようなしんどいママや不登校に悩むママに少しでも力になれたら嬉しいです。

 こんにちは。

不登校歴もうすぐ2年の小6男子(ADHD)のはたらくママ(休職中)ですニコニコ



自己紹介指差し

私、働くママ(休職中)です。
フルタイムの会社員歴22年。


高1(男子)と小6(男子)の二児の母。
次男(ADHDの診断アリ)が小4から不登校。


行き渋りから登校を断念→週2時間だけ情緒支援級通級・たまに教室にも顔出す→情緒支援級も不登校に→完全不登校→フリースクール通学中です。
今は行事の時だけ登校することも。


不登校になってからも仕事していましたが朝から晩まで家に放置状態であることが「見守る」とは違う気がして休職を決意

そこから自由気ままなおうち生活を楽しんでますハリネズミ


 
最近、「バウンダリー」という言葉にちょくちょく出くわします。
 
「バウンダリー」とは
自分と他者とを区別する境界線のことです
 
たまたま聞いていたVoicyのパーソナリティの方も
今日会った学生時代の友人も
同じことを言っていたのですが
 
彼らの共通点は
 
子どものことを
最初から別の生き物として認識していて
成人したら社会に返すものだ
という意識だったとのこと
 
 
自分と子どもとの境界線がハッキリしているから

子どもを思うように動かそうとしたり

必要以上に共感したり
私がなんとかしてあげなければ
 
という感情があまり理解できない
 
とのこと。
 
この感覚、今でこそ少しは理解できるのだけど
人との境界線の意識が薄い私からすると
それを最初から持っていたということが
驚愕でしたあんぐり
 

友人に至っては
妊娠した瞬間
「あ、私今妊娠した」
と感じたらしく
 
その瞬間から
自分とは別の生き物が宿ったけど
これはゆくゆく社会にお返しするものだ
という感覚があったそうですびっくり
 
こういう感覚の方、
結構いらっしゃるのでしょうか。
 
 
 
ちなみに私は割と共感性が高いというか
バウンダリーの意識が薄いというか
 
「困っている人がいたら助けてあげたい」
という意識が若い頃からありました。
 

もしかしたらその人は自分でなんとかなったのかもしれないけど、
困ってたら助けてあげなきゃ!と思ってしまい
頼まれてないのに助けちゃうこと
結構ありましたアセアセ
 (やさしさ、と勘違いしていた説ありアセアセ)
 

それとは表裏一体で
 
自分が困っている時にも
こちらから頼まなくも察して助けてくれることを
パートナーに期待してしまったり
 
子どもに対しても
私を困らせないように動いてほしいとか
 
私の理想通りの生活になるように
前もって勝手に段取って
そうなるように仕込んだりとか
どんどん相手の領域に入り込んでいってましたタラー
 

で、その通りにならないと勝手にストレスを溜めて
そうならないのは相手が悪いと怒って・・・
 
うわーーー
まじで最悪だゲッソリアセアセ
 

 
この2年間で私が学んだことの
大きな一つがこの
「バウンダリー」
「相手と自分との境界線」
 

そして
相手が今困っていたとしても
その人は自分でその状況をなんとかできる
 
そこに勝手に入り込んでいって手を差し伸べるのは
やさしさではなく
余計なお世話
 
今すぐになんとかならないかもしれないけど
いつか然るべきタイミングで
その人が自分で乗り越える時が来るのだから。
 
 
思えば私だって
大人になってからも
うまくやれないことが沢山あったけど
 
その時に頼まれてもないのに
 
 
あ、それは違うよ!
これはこうだよ!
いやいや、そうじゃないって!
 
 
みたいに言われてたら
 
「はぁ?私には私のやり方があるんじゃ!ほっとけ!」
と思ったことでしょう笑い泣き
 
 
子どもは
命が宿った時から
別の生きもの
たまたま私のところに降りてきた
神様からの授かりもの
 
大きく育つまで
衣食住与えて保護するだけで良いピンクハート