インドへの旅
ありふれた表現だが、
いろんな経験を 得ることができた
滞在中、
ため息が だだ漏れすることも
多々多々多々多々、 あったけど 笑
素敵なことも、喜ばしいことにも
たんまり 出逢えた
滞在後半になると、
インドに来た頃は許し難かった (°ㅂ° ) 笑
茶色い水道水も平気になったし
香辛料三昧で体臭がキツくなったのも
あらやっっだ! なんて思わず
食べ物が変われば 臭いも消えるぜ!
ケ・セラ・セラ~♪と 笑える図太さを
余裕で体得していたし
あわや破傷風!?と、びびりまくった
突然の高熱も、無事事なきを得た
それに、
街で寄ってくる怪しい地元住民を
巧みにかわす態度も堂に入って
『 わたしも、いよいよだなぁ! 』
なんて、謎の自信もついていた
さてさて、インド珍道中
最終章の〆は、 旅の終わりに
プージャに参列した時のお話をする
… 先に言っておくと、 (´ㅂ`;)
派手な事件などは この記事では
特別なにも、 起こらないよー 笑
ただ、わたしの内面をつらつらと語る
内省的なお話になるかと思わるる
そして この話は …
とてつもなく 長くなる!
( 長すぎしんど!という方は、離脱してお好きなYouTubeなどへお飛びになって )
この記事を書くにあたり
プージャの時の記憶を整理したのだけれど
面白いことに、 何の経緯で、
どうやってプージャへ行ったのか
とんと 思い出せなかった 笑
なぜ、思い出せないのかも
さっぱり思い出せないくらい
思い出せなくて ( ←日本語が破綻 )
それでも、書いたのである! 笑
では! (無理やり)
プージャの儀式って、こんな感じ♪
写真は残っていないので、お借りした
↓ ↓ ↓
プージャは、日没後にガンジス川で行われる
ヒンドゥー教の伝統的な礼拝だ
マントラ( 聖なる言葉の組み合わせ、わたし達で言うところのお経の感覚 )や音楽が奏でられ、僧侶たちが儀式に則り、祈りを捧げる
線香のたゆたう煙が幻想的で、荘厳で
夜のガンジス川を
神秘的な雰囲気に変身させていた
そして、儀式は
幾人もの男性の僧侶たち(バラモン)によって
執り行われてゆく
ほんで、聞いてっっっ!!✨
バラモンたちが、バラモンたちが!
異様にカッコいいねーん!!!✨ねーん♪
すっっごい イケメンばかり
もう、イケメンしかいない!!✨✨
きゃー
彫像の如き圧倒的美しさで存在する彼ら!
…もしかしたら、みんなプージャというより
イケメンのバラモンを見物に来てるんじゃないかと思ったほどだ 笑
いやー ほんっっっとカッコよかったなぁ
ヨダレ、垂れそうやった♡
プージャは大切な宗教儀式なのだろうが
「 インドさすがだなー! 」と思ったのが
儀式に使われる、音響の設備である
プージャには、宗教音楽が欠かせない
音の持つ力やバイブレーション、
そのエネルギーを借りて神に近づくのだ
なのに、だ
コンサートで使われるような
ちゃんとしたスピーカーはなかったのか…
幾つもの巨大なラジカセを、
木の棒に、紐でぐるっぐるにくくりつけ
スピーカーの代わりとしていた
なんという…
手作り感なのか …
地元のヒンドゥーだけでなく
世界中から観光客も訪れるというのに…
あまりの素朴さと、 頓着のなさに
屈託なく 笑ったものだが
こういう テケトーなところも、
インドの懐の深さだ
きっと、 これで良いのだろう
流れる音楽も、マントラも
設えた巨大ラジカセから
流れるタイミングが絶妙にズレているもんで
それらが逆に、 脳内へ、あらゆる空間から
音が響き渡るような演出と相成って
ある種、トランス状態へ導く手助けを成していた
あっぱれなものだ
良き!✨
わたしは 自分のことを
けっこう 神経質な人間だ、
と思っていたのだが
存外 、
えぇ加減になったものだなぁーと思った
きっと インドの洗礼を受けたからだ
インド ばんざーいだ
バラモンが祝詞を唱え
プージャの儀式が
厳かに 始まる
人でごった返している川べりで
わたしは どこに座ったら良いものか、と
キョロキョロ 場所を探していた
しばらくすると、
インド人のおいたんに手招きされる
地元の人だろうか?
どうやらおいたんの横が空いているらしい
来て横に座れと、指差しされた
… どんなに贔屓目に見ても、彼の手招きは
親切なジェスチャーには見えなかったが
わたしは素直に従って、礼を言った
『 どこから来た? 歳はいくつだ? 』
おいたんに 聞かれ、 簡単に答える
どうやら彼の目には、
わたしが子供に映っているらしい 笑
わたしは ぼんやりと、
気を抜いて儀式を眺めていた
インドにいながら気を抜いているなんて
凄いことだなーと、思いながら
持ち物は水だけだったし
金品は何も持っていなかった
日本人観光客だと目をつけられないよう、
引くほど汚い格好をして出歩いていたし
絡まれたりしないだろう、と踏んでいたから
それに、プージャを見に出かけた日は
翌日に帰国ということもあり、
「無事家に帰れる!」という安堵で
心底ほっとしていた
そして、ぼおぉ~っと
とりとめのないことを 思い出したり
考えたりしていた
たとえば、
以前 知り合いのインド通ガイドに
言われた言葉とかを
何を言われたのかと言うと
『いいか、インドに行ったら絶対気を抜くなよ、人を見たら泥棒と思っとくぐらいで十分だからな!』
… なんとも、心が荒みストリートになりそうな言葉ではあるが、
それくらい『 気をつけておけよ!』という忠告だったのだろう
たとえば、だ
日本だとお店の席に荷物などを置き
席を立ったりするのは割と普通だが
実際、インドでそれをすると
荷物を置きっぱ = 荷物はドネーション(寄付)
と見なされ、持っていかれてしまう
日本ではあり得ない倫理観だが
インドにおいては、そうなのだ
それが、インドでの普通
旅をすると、新しい価値観を自分自身にインストールして帰ることになる
わたしは そう考えている
たとえばこれも、
長旅をするメリットの1つだと思うが
自国で生きる上で持っている
『当たり前』や『常識』が、旅をすると
見事に覆えされ、壊されていく
時や場所が変われば、
自分が持っている 価値観の物差しなぞ
全く用を成さないのだと
旅をすると、ナチュラルに知ることができる
なかばネタのように紹介したが、
インドには観光客狙いの詐欺師が
うようよ、いる
わたしも 気軽に声をかけられた
彼らは、観光客に言葉巧みに近づいてくる
怪しさ満開、騙す気満々で近づいてくる
本当にどっからどう見てもクッッソ怪しい!
騙された人間の末路は割愛するが
彼らは驚くほど、知恵がまわり
ヒンドゥー語、英語、中国語、日本語、
韓国語、スペイン語など数ヵ国語を
見事なまでに操る
… どんな状況で覚えたよ?っていうような
卑猥な言葉も、それぞれの言語で
よく知っていた 笑
母国語の日本語もままならないわたしなんかより全っっ然!語学に明るくて博学なのだ
それに狡猾で度胸も座ってるし(←褒めてる)
… はっきり言って、
そんな人を騙くらかして、
かすめとるような事を生業にしなくても
持てる能力を活かして、もっと他のまともな仕事ができるだろうにー
… など、思った ( ¯−¯٥)
他にも、びっくりしたことが
いっぱいあったなぁ …
毎日朝ご飯を食べに行ったチャイ屋があって
店主のおっちゃんが旨いチャイを淹れてくれるのだが、おっちゃんの息子(推定10歳)は
学校へ行っていない
インドにあるカースト制度は
まだ強く人々の暮らしに根付いているし
絶対的な決まりだった
街で頻繁に出くわす物乞いたちも
人に施しを願うのに
微塵も 申し訳なさそうじゃないのだ 笑
堂々たる物乞いも、
実は組織だって行われているようで
集めた金は、元締めがちゃんと仲間に分配しているらしく
物乞いは、れっきとした職業だった!
そして更に、物乞いとして人前に出られないくらい貧しい人々は、地元の人がちゃんと食べ物を渡したり、ケアをしていると聞いた
その現場も、実際目にした
その日を、ただ生きるのみ
わたしの目には
彼らは、そんなふうに映った
カーストを飛びこえて生きるという概念が存在しないから、チャイ屋に生まれたらチャイ屋になる 肉屋に生まれたら肉屋になる
他の選択肢は、用意されていないのだ
彼らは『 将来はどうしよう… 』
などと 悩まない
だって 生きる道は
生まれた時から もう決まっているから
わたしから見て
宝の持ち腐れのような存在の詐欺師
学校に行っていない子供
人から施しを受け続ける生き方
彼らを見て、
わたしがどんな感想を持とうが
それはわたしの勝手だけど
その制度や在り方、歴史を
自由がなくて可哀想だのと 憐れんだり
時代錯誤で 間違っている
なんて決めつけたり、否定するのは
きっと、 愚かしいことなのだと思う
本当に、何もかもが違うのだ
悲しいくらいに
分かりたくても
簡単には 分かり得ないのだ
分かりたくても、 難しい
それが 行き違いや、誤解や
ひいては 様々な争いの元に
なっていってしまうのだろうか?
それを思うと、
胸に 射抜かれたような痛みがはしる
隣に座って、
プージャの儀式を共に眺める
インド人の おいたん
日本人の わたし
なにもかもが、 全く違う
ぐるっと反転して355度くらい異なるであろう、文化や風習の中で生きている人間
きっと、この場を離れたら
相まみえることも、
生涯交わることもない
そして、ここには 2人だけじゃなくて
何百人もの大勢の人がいるのに
お互い、 相容れない背景を持つ
少し考えれば、
ごくごく 当たり前のことなのだが…
簡単には 分かち合えない
そう実感すると、
海の底に 沈んでいくような
やるせない孤独を 感じた
なぜなんだろ…
この、分離感は
同じ 人間なのに
底知れぬ寂しさに いたたまれなくなり
ふと、 空を見上げる
そして、 空を見上げて 気づく
儀式が行われている
この場は、この世界は、
空 風 水 火 大地
これらのものに 包まれていることに
今この瞬間だけじゃなく、太古の昔から
そして、これからも ずっと
これらは変わらない、普遍の存在だ
国や人や思想とか
そういったものに 左右されないものだ
その存在に抱かれているという事実が、
わたしを 少し安心させてくれた
わたしたちは、
いつか この生を終えて
大地へ体を還してゆく
今はそれぞれ「個」として
分離したものとして存在する
「あなた」も「わたし」も
いずれは 、 体が滅して
この世界に 統合されてゆく
わたしたちは、永遠に循環する
水や大地や、そういったもののひとつに
還ってゆく
わたしたちは、きっと
いつかこの地球の一部になるのだと思った
大きな視座で見てゆくと、ひいては
この宇宙の一部となるのではないだろうか
永遠に巡る命のサークルと
大いなる調和のなかの、ひとつとなる
混沌とした宇宙から
世界に「個」として生まれ、生き
やがては源に統合され、 還ってゆく
わたしたちは常に その真理のなかで
ただ、形を変えながら 生きている
命を循環させているのだ
生きているうちに 分かり合えなくても
結局は、大きなもののひとつに
統合されてゆく
世界の、宇宙の礎となる
一見グロテスクにも思える、混沌とした生命の営みと真理に思いを馳せると
わたしは 深い安寧と
えも言われぬ恍惚を、感じた気がした
でも、わたしたちが人間であるが故に「わたし」という自我が消滅する時に感じられる恐怖は、きっと 無くならないのではあろうが…
いや、 考えても 詮無いことか …
生きるために
奪うことも、奪われることも、
物を乞うことも
経験したことのない、甘ちゃんの
ただの訪問者のわたしが
旅でチラ見した、異国の相容れなさから
こんな事を感じて、 思ってみたところで、
語ったところで…
きっとただの 綺麗事なのだろうし
所詮は、絵空事ジャマイカー( ´・з・` )と
恥ずかしさ半分、 自嘲したが
でも、今この瞬間
自分がそう思うんだから
それで いいのだ
それが 今のわたしの事実で、真実なのだ
そう思っていて、 いい
わたしが見たインドは、
戦後間もない国の混沌を思わせるような
生きるためには、奪うことも辞さない
底力とガッツを湛えた国だった
心揺さぶられ、大いに困惑したインド
でたらめで、混沌としたインド
凄いエネルギーで、ぶつかってくるインド
今回は語らなかったけど、
旅の道中 まだまだ おもろいことが
いーっぱい あった♪
インドの映画館は、
作品より映画を見てる観客のインド人を見てる方がよっぽど面白かったし 笑
みんなリアクションが芝居がかっていて、
嘆いたり、踊りだしたり、超絶自由で
日本じゃ考えられないフリーダムさだった♪
彼らを見て素直に笑った
映画はもちろんヒンドゥー語で、
言葉はさーっっぱり分からなかったけど
勧善懲悪の筋書きが分かりやすくて内容がちゃんと理解できたとか、インド人の女優さんが美しすぎて震えたとか
視界に入るおおよその物が
だいたい黄ばんでいるインド国内で、
唯一美しい混じりっけなしの純白だったのが
タージ・マハル!!
その白さにいたく感動!(←歯のCMか)
胸を打たれたとか
そのタージ・マハルで靴を盗まれたりして、そっからどうやって帰ってきたんだっけ、わたしー??? とか
インドのタワレコで、
仕事用の(ヨガ用)マントラが歌われているCDを大量にジャケ買いしたこと♪
そのほとんどがドスの効いたおじさんのお経みたいな曲で、呪いのCDと化しており、怖すぎて全く使い物にならなかったとか
インドで親しまれ 崇拝されている
女神のカーリー(怖い顔の女神)の寺院で、
子ヤギの生け贄場面に遭遇して
倒れそうになったとか
毎朝店に飲みに来てるのに、
株価のごとく最高値を記録するチャイを売りつけ、ぼったくりをかましてくるチャイ屋の息子(推定10歳)と毎朝小競り合いをしたハートフルな話♡ とか
いろんな お話があったけど
それはまた、 別の物語だ ♪
(∗ˊᵕ`∗)
プージャの儀式用に炊かれた
かがり火の薪が
ぱぁん!と 乾いた音を出してはぜた
それを合図に わたしは 静かに立ち上がる
おいたんに さようならを、言った
そして、そっと
儀式の場から 踵を返す
一度だけ、 後ろを振り返った
吹く風から、炎と香木の香りがした
わたしの見た インドの風景
それらは もう わたしの脳裏で
過去のものになりつつあった
きっと この瞬間の出来事も
いつか 「わたし」という人間を形作る
物語のひとつに、 なるのだろう
余談だが …
わたしは翌日帰国日の朝ご飯で
もれなくお腹を壊し
飛行機の帰途のほぼ全ての時間を
おトイレの中で過ごすという
新手のテロリストみたいな諸行を
やってしまうのだが ( ´•ω•` )
その時のわたしは、まだ知る由もない 笑
刺激的だった、わたしの インド
人生の節目に訪れた、インド
さよなら、 インド
きっと、 もう
二度と行かない、インド 笑
- 終わり-
















