『 孤独 』 『 淋しさ 』
この文字を見て
どんなイメージが浮かびますか?
あるいは
どんな色が、 見えてきますか?
どんな音が、 聞こえてきそうでしょう?
孤独というと、
なんとなーくの イメージ
あまり よろしくなく
まして 歓迎もされず 笑
出来れば避けたいぜっっ!という想いが
こみ上げてくるかと存じますが
『 孤独 』や『 淋しさ 』
この、 2大困ったさんは、
わたしたちが この世に生きている限り
残念ながら 消えないものだと、 思うのです
密やかに、 ずっと 側にいる感覚
今日は、
ゆるほわヨガ的『 孤独 』『 淋しさ 』との
お付き合いの仕方について
お話をいたしますね♪
あなたは どんな時に
『 孤独 』や『 淋しさ 』を感じますか?
ただ何とはなしに、もの悲しくなる時?
周りに必要とされていないと感じた時?
誰からも愛されないと自信が失せた時?
夢中になれるものが無いと知る瞬間?
大切な人と、理解し合えなかった時?
生死を身近に突き付けられた時?
人の幸せな姿と自分を比べた時?
自分を否定されたと感じた時?
誰もいない家に帰った時?
疎外感を味わった時?
側に誰もいないこと?
病を得た時?
んな、理由なんか ……
わかるもんかー!
知らへんわーーーーー!!
ってケースも ありますでしょうしね 笑
『 孤独 』 そして 『 淋しさ 』
じんわりと、そこはかとないやるせなさが
胸や背中、お腹のあたりをかすめたり
喉の奥が、 きゆゅぅぅうーっと
絞られるように 締めつけられたり
ふとした瞬間、
刺すような強烈な痛みが 胸を貫く!とか
叫び出したくなるような 衝動に駆られたり
涙が どぉばぁーーーーーーーー!!!っと
滂沱の如く溢れて慟哭したり
よく考えてみると
『 孤独 』や『 淋しさ 』って
体にも、 現れています
そしてまこと、 厄介なことに
孤独さんと淋しさくんは
その存在を無視をしたり、
面倒を見ずに放っておくと、
どんどんどんどんと
声をでかくして
心の中から
ドアを激しく打ち破るように
大声で、 叫んできます
「わたし達の存在をちゃんと認めて!」「何とかして!!」
とばかりに
そのボリュームは
大きくなってゆき やがて
手がつけられなくなるのです
そしてついに
心のキャパシティを超え
瓦解してしまうのです
そして、このとんでもない痛みを
一時的でも 紛らわしたくなって
降り積もる雪の上に 絵を描くような
詮無いことを やらかしちゃうのが
われわれ 人間なんですよねー 笑
いわば、 本来のあなたらしくない
付け焼き刃の
おっっっかしな行動を
取ってしまったりするのです 笑
( そう、ご乱心 の体です
そんな時は、秘技!
ヨガの登場!
どどーん
要するに、
「 孤独 」や
「 淋しさ 」というのは
大切に想うものから
「 分離されてしまった 」
「 切り離された 」
という感覚なのです
「 孤独 」 「 淋しさ 」は
わたしたちが 焦がれ強く求めるそれらと
繋がりが途切れてしまった、と感じられる時に
生じる感情
ヨガでは、まずそこを
丁寧に観るようにします
孤独や淋しさが自身の中に「 在る 」
という事実を、客観視します
難しいことではないんです
ただ、眺める
見てあげる
体のどこに、
孤独や淋しさが 噴出しているのか
優しく 感じとってあげます
体に存在する感覚そのものを
全て受けとめ すくいあげてあげるのです
そうすると、存在を認めて貰えた感情たちは
やがては 鳴りを潜めてゆきます
感情の波は、 必ず 凪ぎます
不思議に思われるかもしれませんが、
「あー 淋しいよねぇ」
など、じっと 観察をしていると
次第に感情は 騒がなくなってゆくんです
不思議ですけどねー♪
言い分を聞いて貰えると
「孤独 」も「 淋しさ」も
納得がゆくのでしょうかね
大切なことなので、 しつこく 笑
「 孤独 」と「 淋しさ 」対策を
箇条書きで記しておきますね!
▪ 体のどこに感情の反応が出ているか知る
▪「 孤独 」や「 淋しさ 」を俯瞰する
▪ そして観て、認めてあげる
▪ 認めた上で、孤独になった理由などは
あえて 探さないように努める! 笑
要は、知っても 過分に相手をせず♪
っていうのを、実際に やります
↑↑↑ ↑
わたしはこの 一連の俯瞰作業を
『 孤独や淋しさと、仲良くお茶をする♪ 』
と名付けました 笑
なんだかんだ言って
『 俯瞰する 』っていうと
ちょっと 強くて
ともすれば、… 突き放したような
冷たいようなイメージがあってしまうので
それは何だか違うよなぁー と思いまして 笑
だって、自分の中に存在する
孤独と淋しさですよ?
そんな、冷徹に接するのじゃなく
… うーん、そうですねぇ、 感覚としては
永ーい 腐れ縁の友達に
「 いやぁ~ 最近どうよぉ? 」
「 どんな感じよー?✨ 」って
美味しいお茶でも 飲みながら
お菓子をぽりぽり 食べながら
雑談するような
よもやま話でもしてるような
孤独と淋しさと仲良くお茶を♪って
わたしの中ではそんなイメージなんです
孤独と淋しさ、お互いの存在を認めてあげ
孤独と淋しさの言い分に
うんうん!と 共感してあげる
なんなら好きに言い合ってもらって 笑
なんとなーく気が済んだら
またねー!って解散する、
みたいな 笑
わたしは脳内で、しょっちゅう
これらをイメージしてますね ← ヤヴァイ?
そうすると、平和に収まっていくんです
心のなかに 諍いも生じず
寄る辺ない感覚とも
折り合いが ついてゆくんです
孤独と淋しさは、あっていい
我々のなかに 存在してもいい
大事なのは これらの存在を
ちゃんと知っておいてあげること
受け容れる居場所を作ってあげること
あたたかく、ハグしてあげること
孤独や淋しさは、わたしたち自身の、
何かを得たいと、強く結びついていたいと
乞い求め、願う
尊い感覚の一部なのだと知ること
抱きしめてあげること
愛すべき存在として 喜んであげること
受容することですねー
ええ、 わかってます
なんでもかんでも
自分で自己完結しなきゃいけない訳じゃないし
誰かにすがっても
泣き崩れても
その場しのぎだと理解しながら
狂ったような行動を取ってしまったとしても
何をしても、
あなたにとって その方法が
最善で、最良で、
その時における 精一杯で
自身が一番納得できる選択であれば良いと
それがベストだと
わたしは考えますが
塵も積もれば何とやらで
孤独や淋しさが手に追えなくなる前に、
心のお掃除として
わたしが日常的に行っている儀式を ← ?
お伝えしてみました
いかがでしょうか?
孤独らと、 集ってお茶を 楽しもう♪♪
願わくば、ゆるほわヨガ愛読者の皆さまに
…… う、うっわぁ、 この人変だぁ~!
と思われないことを 祈りつつ
ご査収のほど 笑
それではでは ♡
( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )
ゆるほわヨガでした♪















