『 足るを知る 』
この言葉は、老司が言ったそうですが
ヨガにも同じ哲学が存在します
ヨガの古語、サンスクリット語で
それを『 サントーシャ 』
と呼びます
日本語では『 知足 』という言葉で訳されます
足るを知る、というと
今目の前にある物や出来事に感謝をするとか
ともすれば、強欲になってはいけないとか
あまり多くを望んではいけないとか
身の丈を知るとか
なんと いいますか… …
無欲を美徳とせよ! みたいなニュアンスにも
受け取られがちですが
そうではありません
ヨガにおいて足るを知るということは、
『 在る、という事実 』
これを客観視する視座を養う、
という事になります
その『 在る、という事実確認 』を、
自分の肉体を通しながら
(ポーズを取ることもその1つ)
学び、体得してゆきます
例えばのお話ですけれど、
たくさんお洋服を持っていても
着るものが無い!!無いいぃー!と思って
どんどんどんどん新しい服を買い足し続ける
(まだタグがついたままの服もあったりする)
そういった経験はありませんか? (←ない?
それを、持っている服を実際に数えてみて
確認をし、事実を客観的に見てみると
ワンピースが8着、 ある
パンツが6着、 ある
ニットが8着、 ある
… ある あれ?
ないないと思ってたけど
服、 ちゃんとあるやん?
と 分かるはずです 笑
きちんと、目の前にある現実
事実在るものの確認をする、認識する
ちゃんと『 在る 』ものを自覚する
これをヨガのポーズで練習をする場合、
ポーズを行っている最中
体が硬い!
思うように動かない!
周りの人とポーズの形が違うー!
とか、
頭の中の 実態の無い思考へ
エネルギーを注ぐのではなく
実際に体が感じていること、要は実感に
意識をフォーカスするよう努めます
足裏がマットを押している ← ある
呼吸が深く体に入っていく ← ある
背中が強く伸ばされている ← ある
体へ意識を向けると
実際に存在するもの
『 在る 』ものしか 知覚できない、
カウントできないと気付きます
これを繰り返し繰り返し練習すると
『 無い 』ものより『 在る 』ものにしか
意識が向かなくなります
人の脳の仕組みとして
充分に在る、満ち足りていると感じながら
同時に欠乏感を味わう… ということは、
できません
『 在る 』を見続けていくことは
充足感を思うまま感じることができる精神を
育ててゆくことに繋がります
また、マットから離れて生活に戻ったときも
その『 在るを見る視座 』が役立ち
常に満ち足りた物の考え方をするようになる
要は、足るを知る状態になる という事です
欠乏や焦りから 何かを求めるのではなく、
満ち足りた知足のサントーシャから
のびのびと、晴れやかに
ご自分の望みや野望に 笑
手を伸ばしてもらえたら、
願いを叶えていってもらえたら
嬉しいなぁー と思います♪
『 足るを知る 』
今、この瞬間 自分に与えられている
環境や 関係性や 出来事から
今、 在る幸せを 自覚すること
その視座を 養ってゆくこと
『 サントーシャ 』
素敵で大切なヨガの教えだと思いません?♡
ゆるほわヨガでした♪






