昨日に引き続き今日も、私が大阪府大阪市にある「交通科学博物館」で撮影した画像(写真)について、私なりの解説を交えながらアップして行きたいと思います。
















今日紹介する画像は、前回予告した通りに当館で保存展示されている「自動車」達ですバス
















1台目
EXCEED ONESELF BLOG ダットサン「16型セダン」















日産の代表的なブランドで、一時期は消滅をしましたが、つい最近低価格車ブランドとしてインド・ロシアなどで復活を果たした「ダットサン」のセダンタイプである「16型セダン」です。
















この16型セダンは、「ダットサン」消滅以前の小型車レンジブランド時代のモデルであるからして、かなり古い旧車となっています・・・・・まあ画像をご覧になれば分かると思いますが。
















しかも、登場時期がまだ「ダットサン自動車製造」が「日産自動車」と改名されて、そして新しく「ダットサン」ブランドが出来上がったばかりの時のモデルであるので、正しく現在の日産&ダットサンの原点的存在である車(始まりの車)です。
















実際の登場時期は、1937年(昭和12年)で、特徴としては後席を備えた4人乗りにする為に2人乗りクーペよりもボクシーなデザインになっており、更に全長をな従来車(先代型)よりもなるべく長く設定した事で車内の居住性が高くなっています。
















そんな車体寸法は、全長3,120mm・全幅1,190mm・全高1,600mm・ホイールベース2,005mm・車両重量630kgであります。
















また、丸みがあって愛らしボディーデザインとラジエーターグリルがより繊細な物になり、且つサイドルーバーのメッキモールの付く場所が中心付近から上下の縁に囲まれたデザインに変更されております。
















あと、フード先端に装備されているボンネットマスコットとダットサンのエンブレムも先代型のデザインと異なっています。
















エンジンは、722cc(0.722L))直列4気筒の「7型」エンジンで、最高出力12kw(16ps)/3,600rpm、最大トルク37N・m(3.8kgm/2,000rpm)でありました。
















16型セダンは、自家用車よりも主に小型タクシーに多く用いられて、ダットサン特有の丈夫な車として当時人気を博しました。
















2台目
EXCEED ONESELF BLOG ダットサン「13型ロードスター」















さっき取り上げました「16型セダン」よりも前の車で、当モデルのベースにもなったダットサン「13型ロードスター」です。
















この13型ロードスターは、1834年(昭和9年)に登場し、2人乗り小型ロードスターとして当時では主に富裕層への支持が高かった車の様です(そもそも車を持つ事自体が、富裕層レベルでないと難しかった)。
















2人乗りの車であるからして、居住性や積載性は勿論さっき取り上げた16型セダンよりも劣りますが、ロードスターと言ういわゆるオープンカーであるからして、オープンにした時の開放感は非常に高いです。
















外の空気を吸い且つ太陽光に当たりながら、風を感じて走るロードスターはまた格別で、是非1度は体験してほしいですね(この記事とは全く関係ありませんが、私は1度だけ三菱「エクリプススパイダー」と言うオープンカーに乗車した事があります)。
















エンジンは、722cc(0.722L))直列4気筒の「7型」エンジンで、最高出力12kw(16ps)/3,600rpm、最大トルク37N・m(3.8kgm/2,000rpm)を誇り、薄々感じていると思いますが上記で取り上げた車とほぼ同様の物が搭載されています。
















ただここで一つ疑問として、当時の車はあまり環境に対する配慮がなされていなかったので、オープン状態にした時、排気ガス・エンジン臭が異様に車内へ侵入して臭いと思われますが、いかがな物だったんでしょうかね!?
















3台目
EXCEED ONESELF BLOG 三菱「500A11型」















三菱初の乗用車として誕生し、日本のモータリゼーションの先駆け的存在である「500A11型」です。
















戦後の1960年(昭和35年)に新三菱重工業名古屋製作所で開発され、三菱にとって3番目に自動車製造を手掛けた車です。
















3番目と言っても、1番目はA型リムジン(フィアット「ゼロ」のパクリ)・2番目はヘンリーJ(カイザー「フレイザー」のノックダウン)で、当車が三菱が開発から製造までの全てをオリジナルで造った乗用車であります(全てが三菱製と言う意味では1番目の車である)。
















全長3,140mm・全幅1,390mm・全高1,380mm・ホイールベース2,065mm・車両重量490kgと現在で言う軽自動車クラスの車で、非常に小型なボディーでありながらも十分に人が乗車出来る車内空間を確保しています(ちなみに燃料タンク容量は20リットルでありました)。
















エンジンは、「ソレックスキャブレター」が1個付いている空冷の493cc(0,493L)直列2気筒OHVの「NE19型」エンジンで、最高出力は21ps/5,000rpm・最大トルクは3.4kgm/3,800rpmを発生します(そのエンジンにトランスミッション3速MTを組み合わせて最高速度は90km/hを達成している)。
















サスペンションは、前後共に「トレーリングアーム」と「コイルスプリング」の組み合わせで、タイヤサイズは12インチであり、乗り心地も当時としてはそれなりに良好であったそうです。
















尚、当車が登場して翌年の1961年(昭和36年)には、車名は500のままでありながらエンジンを594cc(0,594L)・25psへとパワーアップした「NE35A型」を搭載した「スーパーDX」と言うモデルが追加されています(三角窓付きの「DX」も存在した)。
















しかし、エンジンのパワーアップや車内空間の確保を試みても市場ではこの500は不人気であり、当車は短期間で製造中止となっております(その後継車として、次に「コルト600」が登場)。
















4台目
EXCEED ONESELF BLOG 三菱(現在の三菱ふそう)「B906R(国鉄東名高速バス)」
















現在にも通じる三菱製の大型バスの基礎となっており、且つカッコ書きで「東名高速」と名の付く様に高速バスに充当された「B906R(国鉄東名高速バス)」です。
















実はこのバス、高速バス専用に作られたモデルで、当時高速バスを運営していた国鉄バス(日本国有鉄道バス)の要求に応える形で開発が行われました。
















当時、東名高速道路の全線開通を1969年(昭和44年)に控えており、その為に国鉄バスでは東名高速の運行を行う事を決定し、名神高速に使用された車両の運用・保守実績から、東名高速用には更に高速バス運用に特化した新設計の高性能な車両の導入をする事としました。
















そんな意図から各車両メーカーに開発を依頼する訳ですが、国鉄バスからの要求はかなり過酷な物であり、実現は困難であったそうです。
















要求の実例としては、エンジン出力は自然吸気(ターボチャージャーなどの過給器無し)で320ps以上・最高速度140km/h(巡航速度100km/h)・3速で80km/hまで加速が可能なギアリング・4速で100km/hから60km/hまでの減速が22秒以内の高性能ブレーキ・急激なエア漏れを防ぐチューブレスタイヤ・便所の設置・100万km以上の走行に耐えられる耐久性など、細かく条件が定められておりました。
















これら要求は非常に困難であり、特にエンジンはトラック・バス用で230ps~320psと言うのが標準レベルであった当時としては常識を大きく逸脱した内容だった様です。
















それでも各メーカーが開発に専念して、結果無事に条件に合ったバスを送り出す事が出来、今日紹介している三菱「B906R」は、自然吸気V型12気筒で出力350psを実現し、また搭載された「12DC20型」エンジンは200psのV型6気筒エンジンを2つ連結させた物で馬力は400psあったと言われています(ちなみに車体は「富士重工業」製である)。
















当バスは、主に昼行便で運用され、1970年代半ばを過ぎると排ガス規制の関係でエンジンは自然吸気V型10気筒の「10DC6型エンジン」に変更し、更にエンジンの小型化によって車内スペースの拡大が図られた為、夜行便の「ドリーム号」にも充当される様になりました。
















その後、本型式は国鉄バスのみならず東名急行バス・日本急行バス(名古屋観光日急を経て現在の名鉄バス)でも採用されています。
















現在は勿論現役車両は無く、全て引退して殆どは廃車となりながらも、当館みたいに保存展示されている車両もあります(本日紹介した三菱製を問わず、国鉄バスに依頼され開発された各高速専用バス達が対象である)。
















以上で、今日私が書こうと計画していた全ての事柄を無事記載し終わったと共に、このブログ記事内容より「交通科学博物館」で撮影した画像の紹介は完結となります。
















長い間シリーズ化して全てを読んで下さった皆さんにとても感謝しつつ、今後も是非このブログをよろしくお願いいたします(^O^)