店を出た二人。駅へと歩く。
夜の帳が濃くなるごとに、街の色は鮮やかになっていく。
「ちょっと大事な話があるんだ」
改まった表情の好男、ネーブルのような街灯の下で立ち止った。
「何かしら」
のぶ子も立ち止り、少しびっくりした表情。
「のぶ子さん、ぼ、ぼ、僕と…」
「…僕の遺族基礎年金の受給権者になって下さい」
「あら、イヤだ。私はあなたより年上だから養子縁組であなたの法律上の子に
なることはできないわよ」
「ち、違うんだのぶ子さん。僕と結婚して欲しいんだ」
「え、もしかして…。それってプロポーズなの。つまり私にあなたが亡くなった場合、
寡婦年金や死亡一時金の受給権者になって欲しいということなのかしら」
「そうなんだ。もちろん僕は厚生年金の適用事業で働くサラリーマンで、
第一号被保険者ではないから、死亡一時金も寡婦年金も君に捧げることはできないけど、
君を思う気持ちはだれにも負けない。だから僕と結婚をして欲しいんだ」
「そんなこと急に言われても困るわ。保険料納付済み期間もあなたと知り合ってからの
期間もまだ、6箇月も経っていないのよ。脱退一時金の計算の基礎期間も満たしていないわ。
心の準備なんて、私できない」
「一目、君を見た日から僕の心は決まっていたんだ。一緒に過ごした時間の長さなんて関係ない。
被保険者期間の月数だって、300カ月に満たない場合は300カ月にみなすじゃないか」
「即時としては無効でも、これを僕の予告として受け取ってもらって構わない」
「ちょっと科目が違う気がするけど、うれしいわ。好男さん」
のぶ子の瞳から小さな粒が伝って光った。
「でも、こんな昭和31年以前生まれの国民年金の強制加入期間の短い私でいいの。もしかしたら
老齢基礎年金の額が中高齢寡婦加算の額よりも少なくなってしまうかも知れないのよ」
「大丈夫。経過的寡婦加算があるじゃないか」
得意げな表情の好男、言葉をつなげる。
「君が中高齢寡婦加算の行われる40歳に達しても、それが打ち切りになる65歳に達しても
僕の気持は加山雄三よりも変わらない。いつまでも」
のぶ子が小さな声で呟いた。
「…幸せだなぁ」
了
