最初に。
このようなものは、本来、間違っても表出されることはありません。
自殺という形で肉親を失った遺族が公開するわけがないのです。
印税目当てと勘繰るのは下劣に過ぎます。
出版に至った詳しい経緯は知りません。
でも、何か、偶然のきっかけがあったのだと想像します。
たとえ、どれだけ経済的に困窮していようとも、死者への冒涜でしかない行為をする親がいるとは思えません。(この考えは、もしかしたら甘いのかもしれませんけれど)
そして、遺族が出版(による公開)を承諾した理由は恐らくひとつしかありません。
「自ら死を選ぼうとする人への抑止力」
私はそう想像します。
それは、遺族が期待するような効果があるものではないかもしれない。
むしろ、下衆な興味から手に取られることのほうが多いかもしれない。
それでも、それでも自殺により肉親を失って悲しむ人は少ないほうがいい、と考えたのではと想像します。
自殺を選ぼうとする人にも、きっとそれぞれの理由がある。
(結果を承知しているからこそ)そこに至った経緯に共感や示唆を見出だせないかと手にとるかもしれない。
そんな余力があれば、恐らく人は自ら死のうとはしない。
それでも、偶然のきっかけによってとどまる命が万に一つでも、あるかもしれない。
「独りだという意識、その共感。」
触れあうことができなくても、それだけで人は繋がりを感じることができる。
冒涜ではあるが、娘への共感は、孤独と感じていた娘への供養にはならないか。
そのように葛藤しながら、御遺族は承諾したのではと想像します。
私が記事に書こうと思った理由は、自己満足です。
自殺した友達、瑠華へ向けて。
従姉妹を、教えたように。
(瑠華の母親に電話で聞かれます。
今までのやり取り、直前に私に電話してきたときの様子を繰返し。
その痛々しい切実な様。
新潟は雪だそうです。
彼女の告別式の日は、雨続きの合間の晴れの日でした。)
あとね。死を疑う何人かの同い年が、何かのきっかけで見てくれたらいいな。全くログインしないからペタを付けても気付いてないけど、ずっと心配なんだ。やはり、私の甘さ、傲りかもしれないけど。
(付記)
このようなものをネット上にあげるのは、(出版を迫るような)欺瞞があります。
でも、願わくは同い年の貴女たちに見てほしい。
情報過多なネット上では、記号化するような視線で見る人もいることでしょう。
でも情報の洪水に耐えうる強度があるとも思います。
本来、表出され得ない、本当の声だから。
そうしたものには解説などするべきではないと思う。
あるがままの「言葉」を尊重すべき。
私というフィルターは不要。
でも全て書き写すわけにもいかないので、抜粋しました。
抜粋にあたり、私というフィルターがあることは理解して下さい。
石原吉郎、吉野弘、小田実、パゾリーニを高野さんから教わりました。
太宰の毒とは、その実存に退路を塞ぎ生死を迫るものでした。
*
一九六九年一月二日
今日は私の誕生日である。二十歳になった。
父母には年代のズレを感じる。父母は若い私達を認めようとはしない。「若いからそうだが、やがて年をとれば年配者の言うことが正しいことがわかる」とこんな調子である。
二十歳という年齢にしては私は幼なすぎるのかもしれぬ。世間を知らぬバカなのかもしれぬ。
しかし「世間を知る」という言葉の中には、その体制に順応してヌクヌクと生きていくという意味が、一面だがある。
私は慣らされる人間ではなく、創造する人間でありたい。「高野悦子」自身になりたい。テレビ、新聞、週刊誌、雑誌、あらゆるものが慣らされる人間にしようとする。私は、自分の意思で決定したことをやり、あらゆるものにぶつかって必死にもがき、歌をうたい、下手でも絵をかき、泣いたり笑ったり、悲しんだりすることのできる人間になりたい。
未熟であること。
人間は完全なる存在ではないのだ。不完全さをいつも背負っている。人間の存在価値は完全にあることにあるのではなく、不完全でありその不完全さを克服しようとすることにあるのだ。人間は未熟なのである。個々の人間のもつ不完全さはいろいろあるにしても、人間がその不完全さを克服しようとする時点では、それぞれの人間は同じ価値をもつ。そこには生命の発露があるのだ。
人間は誰でも、独りで生きなければならないと同時に、みんなと生きなければならない。私は「みんなと生きる」ということがよくわからない。みんなが何を考えているのかを考えながら人と接しよう。
一月五日
「矛盾に対さない限り、結局のところ矛盾はなくなることはないし、未熟のままで終わるしかない」小田実
一月十五日
「独りであること」、「未熟であること」、これが私の二十歳の原点である。
一月十七日
私は昭和二十四年一月二日から、この世界に存在していた。と同時に私は存在していなかった。
家庭で幼年時代を過ごし、やがて学校という世界に仲間入りした。ここで言いたいのは学校における私の役割である。学校という集団に初めて入り、私はそこで「いい子」「すなおな子」「明るい子」「やさしい子」という役割を与えられた。ある役割は私にとり妥当なものであった。しかし、私は見知らぬ世界、人間に対しては恐れをもち、人一倍臆病であったので、私に期待される「成績のよい可愛いこちゃん」の役割を演じ続けてきた。集団から要請されたその役割を演じることによってのみ私は存在していた。その役割を拒否するだけの「私」は存在しなかった。その集団からの要請(期待)を絶対なものとし、問題の解決をすべて演技者のやり方のまずさに起因するものとし、演技者である自分自身を変化させて順応してきた。中学、高校と、私は集団の要請を基調として自らを変化させながら過ごしてきた。
この頃、私は演技者であったという意識が起こった。集団からの要請は以前のように絶対なものではないと思い始めた。その役割が絶対なものでなくなり、演技者はとまどい始めた。演技者は恐ろしくなった。集団からの要請が絶対のものでないからには、演技者は自らの役割をしかも独りで決定しなければならないのだから。
人間というものは不思議な怪物だ。恐ろしい怪物だ。愛したかと思うと怒って私を圧迫したりして私を恐怖に追いこむ。何とも訳のわからぬ怪物の前で、私はちぢこまり恐れおののいている。何のなす術も知らず、ビクビクしながら。彼等のもつ不平不満は、演技者としての私のまずさにあるのではなく、要請された役割の中にあるのだということを、大学生活の中で知った。
一月二十七日
おまえは生きている。人に頼ることなしに、己れの世界を築きあげるのだ。たとえ心房中隔欠損ぎみの心臓であっても、それが動き、血液を体内にくまなく流しこんでいる以上、おまえは、己れの世界をどのように築きあげるかということに立ち向かっていくんだ。独りであることを忘れていた。独りなのだ、おまえ自身の世界をもつのだ。
二月一日
この頃はよく煙草を喫う。マッチに火をつける。先からだんだんと指先へと炎が移ってくる。子供がやりそうなことである。「どれだけ長くがまんしていられるか、いちにのさん」。アチッと反射的に離すのでなく、熱いなあと意識してから離すようになれたらと思う。反射的にパッと離したのでは、その瞬間何が起ろうと全く関知しないのである。それよりも、これからどうなるか、どうすればよいかを考え、自らその痛みを痛みとして十分に感じとり、それからマッチ棒を捨てるようになりたい。
二月四日
きのう雪が降った
はちきれんばかりの白い粒片が
風に酔ってはしゃぎまわっていた
純白の幼き若き子供達よ
ぶつかりあい飛びちり一心に舞うお前よ
めちゃくちゃ、無責任に、気のむくまま誰かと話してみたいのです。
二月五日
カミソリをあてて思いきり引っぱった。赤い血がみるまに滴となっていった。チリ紙でそれを吸いとって左手の人さし指を眺めた。そして傷口の消毒としてマッチの火であぶった。炎の二センチぐらい上でも、徐々に我慢のならね程に熱くなる。耐えられるだけ耐えてユックリ手を離す。痛みもそれでいくらか薄らぐ。舌で指先をなめると、傷の切断面と舌の細かな突起が笹の葉をたてにこするような苦い痛みを感じる、巻いた包帯からにじみ出ている赤い血、美しさ以上に生々しさを感じる。
二月十二日
姉は日大の紛争で、弟は受験体制の中で、独占資本というものの壁にぶちあたっている。現在の私を捉えている感情は不安という感情である。
人は誰でも独りで生きているんだなあ
お母さんも お父さんも
昌之も ヒロ子ちゃんも
牧野さんも
そして私も
それにしても独りであり未熟であるということは
恐ろしいことだなあ
二月十五日
矛盾は常に内側にあって、内に貫流するものと同質のものが外に発見できたとき、人は外に向けて怒るものなのだから。
個我の意識が他者を物化する、もう一つの恐ろしい支配形態。
二月二十日
立命大に機動隊導入
十八日夜、存心館が法学部学大に基づいて再封鎖された。しかしそれを認めぬ民青が実力排除にのり出した。攻防をめぐって火炎瓶、投石、放水の混乱があり、負傷者二百余名、危篤一名が出た。今回の機動隊導入は、その乱闘による暴行罪、障害罪、凶器準備集合罪適用のための学内捜査が名目である。捜査令状による機動隊の学内立入りである。
十九日、学内は一両日中に機動隊が導入されるという緊張の中にあって騒然としていた。私は実際のところ、下宿で本を読むべきか、学内で機動隊の立入りに対し反対の行動を起こすべきか迷っていた。しかし機動隊の学内立入りにハッキリした立場をとらないと、これからもズットこのまま駄目な状態になっていくような気がして学校に徹夜した。
中川会館の封鎖バリケードは私にいろいろな問題を提起してきた。私は大学について、学生であることについて、自分について考え始めた。入試前日、存心館横の地べたに坐りこみ闇の中にそびえる封鎖された中川会館は、大学とは、学生とは、自分とは?と問いかけていた。
国家権力―私は私の生活がそれに支配されているのに、どうしょうもないものを感じていた。
「極東の安全と平和」を掲げて沖縄県民の命を圧殺し闘いを弾圧する。沖縄県は出生児にハシカによる身障児の発生率が最も高いという。女が子供を産むのに、その生命の安全がおびやかされている。「極東の安全と平和」のため一機数十億もするジェット戦闘機はいともたやすく買うくせに、東北や離島などの僻地では病気になっても治療する医者がいない。真実を教えぬ学校教育、学生の大学闘争をソ連中共にそそのかされてやっている暴力学生と呼ぶ政府、朝日訴訟にみられる政府のいう健康で文化的な生活とやらの欺瞞性、常識や一般的風潮で正しいものを見失わせごまかしている政府、進学で考えることをさせずに人間を記憶暗誦する機械にしてしまう現在の高等教育、私が受けてきた教育が何が真実かを見失わせていたことに対する怒り、そういうもろもろの怒りをこめて、私は「機動隊帰れ!」のシュプレヒコールを青ヘルにジュラルミン盾の機動隊にブチまけ、政府に、国家権力に、また自らのブルジョワ性に向けて叫んだのである。
二月二十四日
私には「生きよう」とする衝動、意識化された心の高まりというものがない。これは二十歳となった今でもズットもっている感情である。生命の充実感というものを、未だかつてもったことがない。
私の体内には血が流れている。指を切ればドクドクと血が流れ出す。本当にそれは私の血なのだろうか。
三月八日
誰もいない
誰もいない 長い長い孤独の夜よ
寒い心に ひざかけ巻いて
宛名のない 手紙を書くの
目書くし鬼さん 手のなる方へ
うつろな目の色 とかしたミルク
小さい秋
小さい秋 見つけた
黙して笑う時は
悲しさが全てを支配している時
深淵の暗さが 孤独の味気なさが
光なき世界の道標
全ての虚偽を微笑んで拒絶しよう
耐えて孤独者の長い道を
光を絶って歩みゆかん
恋人が欲しいと思う
彼は山や海が好きで
気がむくとザックをかついでヒョット出かける
そして彼は詩が好き
臆病なくせに大胆で 繊細で横暴
子供のように純真で可愛いらしいと思うと
大方な男がそうなように タイラントのようで
そして彼は革命を夢みるロマンチスト
行動力 戦闘性は抜群
彼はそして自分のことを気ちがいピエロという
気ちがいピエロはいつも笑っている
世界を笑い 己れを笑い 笑い殺している
恋人がほしい
三月十ー日
可愛いピアノさん
あなたは妖精
高度四二〇〇メートルのお花畑
スローモーションで跳ね回るあなた
雲の中に消えていく
シアンクレールで
三月二十六日
「知ろうとすることは存在し、知ろうとしないことは存在しない。おまえはおまえ自身を知らない」(パゾリーニ)
三月二十七日
私は臆病者だ。与えられた環境の中で生きていく人間である。私は自分に自信をもてない人間である。臆病者であることが、いいのかどうかわからない。ただ臆病であることを意識すると、自分が卑小でつまらない人間に思えてくるのだ。そういうときはたまらなくなる。
男に生まれたほうがよかったのか、女でよかったのか。ただ女はさびしすぎる。独りであることがズシリと淋しさを感じさせるのだ。ワーッと大声あげて誰かの胸にとびついていけたらどんなにいいことだろう。
人生は演技なのだっけ。
四月十六日
学生は観念の世界でものをみすぎる。学生運動をやっている人間が、疎外を論じ労働者の連帯を叫んだところで、立ちんぼ達のつるはしが右手に与える感覚を知らなければ、それは虚偽でしかない。ウェイトレスの smile faceが彼女自身に何を与えているのか、お盆で二人前を運ぶにはどのように載せればよいのか、運んでいるポタージュの味がどんなものかを知らずして連帯を叫ぶことはできない。私はやはり学生であった。観念の世界でメンダイの労働者をみていただけであった。
叱られるより叱る方がむつかしい。ウェイター、ヘッドウェイター、主任となるにつれ叱る人はいなくなる。自分で叱り叱られねばならぬ。自分で自分を叱ることは難しく必ずそこには甘さがつきまとう。と清水さんがいったとき、私は前に自分には仕事があるといったことを恥ずかしく思い、またきびしさ自分の甘さを痛切に感じた。
労働せずして社会の矛盾などということはいうな。悦子よ。言葉軽く他人に語るな。その言葉がおまえを束縛するようになるから。
四月二十四日
暗闇でもなく、明るい光線にみち溢れているのでもなく、ぼんやりとした何もない空間の私の世界。国家権力、そんなものは存在しているかさえ定かではない。私自身の存在が本当に確かなものなのかも疑わしくなる。他者を通じてしか自己を知ることができぬ。他者の中でしか存在できぬ、他者との関係においてしか自己は存在せぬ。自己とは?自己とは?自己とは?……
甘えてはいけない。他者を通じてのみ自己を知ることができるが、自己の存在は自分で負わなくてはならない。生きていくのは自己である。他者の実存を実存として認めよ。
すべては夢であり、幻想である。現実などありゃしない。誰がが私を、気がおかしいのじゃないかと言ったが、これからますます気がおかしくなっていくように思う。狂人になり、精神病院で暮せるようになれば幸い。そしたら私は全く自由になるだろう。
私は非常にうそつきである。言葉を放った瞬間に、うそだなあと感じ、あるいはしばらく経ったあと、あれはうそだと思ったり。
沈黙は金。
私のファザーコンプレックスはますますひどくなった。いつでも男を求めている。
何故私は自殺をしないのだろうか。権力と闘ったところで、しょせん空しい抵抗にすぎないのではないか。何故生きていくのだろうか。生に対してどんな未練があるというのか。死ねないのだ。どうして!生きることに何の価値があるというのだ。醜い、罪な恥ずべき動物たちが互いにうごめいているこの世界!何の未練があるというのだ。愛?愛なんて信じられぬ。男と女の肉体的結合の欲望をいかにもとりつくろった言葉にすぎぬ。しかし、私はやはり自殺をしないのだ。わからぬ。死ねぬのかもしれぬ。
四月二十九日
よく人は、私が変っているといいます。しかし私は、自分こそ正常な人間であると思っています。不正を憎み、何よりも正義を愛しているやさしい人間であります。今の社会が偏見と不正に充ちていて不正常なのです。
人と話していても、どうということもありません。くだらないことを話しているよりも、黙っているほうがよいのです。言葉が一体何なのでしょうか。言葉に束縛されるのは嫌いです。不誠実なことばかりしゃべるのもいやです。ただ黙って行動するだけです。
どうしてみんな生きているのか不思議です。そんなにみんなは強いのでしょうか。私が弱いだけなのでしょうか。でも自殺することは結局負けなのです。死ねば何もなくなるのです。死んだあとで、煙草を一服喫ってみたいといったところで、それは不可能なことなのです。
五月二日
私は今、生きている。私にはいろいろな矛盾と混沌がある。私は何故たたかったのか、そして何故たたかうのか。それを探るために祖父のことから父母、学校、戦後史をやってみたい。これから図書館(立命)に行って、「戦後史」を読もうと思う。
一時から文学部の文闘委の集会に出て三時ぐらいに彼女(牧野)と会い、バイトにゆき、夜は勉強しよう。今という瞬間を生きなければ人は死ぬのだ。
私は人を信じているのだろうか。ひどく皮肉っぽくなっている自分に、昨日気づいた。私の人を愛する心、やさしさなんていうのは、自分を保全しようとする上でしか成り立っていないんじゃないか。国家権力を憎むように他の人間を憎んでしまっているのだ。
五月四日
中村氏と私への言葉として、恋愛においてさえ、いや恋愛におけるが故に、人間は決定的に独りであるということ。そして恋愛において、そのエゴイズムが激しく相剋するということ。いかなる美辞麗句を装っても。
五月五日
初夏の五月の空を風が流れゆく
空に小鳥の歌声が過ぎ
雲が風に流れる
空を風が流れゆき
陽の光も白い雲にかすみゆき
風の流れに木々の緑もゆれて通る
暗くも明るくもない五月の空間を
風が流れる
私の感じている孤独感、虚無感なんていうものは長調の中の短調の交じった不安定な"明るい曲"でしかないのだ。まだまだ、おまえには余力があるのだ。
五月二十四日
中村よ。
私はいますぐにでもあなたに会いたい。きのうも一昨日もテレしたがあなたはいなかった。私はあなたに話したいのだ。憎き機動隊のことを、卑劣な民青のことを、闘う学友のことを。
私はあなたの信念が、他人の誰からもゆるがせられぬものであることを知っている。そして、あなたは現在の仕事に生きがいをもってやっている。しかし、あなたは、その固い信念でもってよく考えてほしい。その仕事がいかに人間としてのあなたにとって矛盾に満ちたものであるかを。そして、その矛盾を止揚して闘ってほしい。会社側と国家権力、その壁にむかうとき人間は初めて真の人間となる。機械でない己れの手と足で創造活動を行う人間となる。人間が己れの手と足で立とうと決意したとき、今まで己れの存在を形づくってきたものが、いかに弱い基盤の上に立っていたかを知る。彼はおのれの足を作りながら歩かねばならないのだ。それは、まさに血みどろの闘いである。しかし、そのとき初めて彼は己れの足を、手を、己れ自身をもつことができるのだ。
人間が真に人間たりうるのは闘争の中においてのみである。闘争する人間は、大岩におちた一滴の雨粒に似ている。しかし闘争する人間は、その過程の中で自己実現を行い、自己の完成に向かっているのである。中村よ、私はこの言葉をあなたにおくる。一九六九・五・二四 一〇・〇〇PM
五月二十八日
なんとなく学生になった自己を直視するとき資本主義社会、帝国主義社会における主体としての自己を直視せざるを得ない。それを否定する中にしか主体としての自己は存在しない。外界を否定するのではない。自己をバラバラに打ちこわすことだ。なんとなく学生になった自己を粉砕し、既存の大学を解体する闘いが生まれる。
大学の存在、大学における学問の存在は、資本の論理に貫かれている。その大学を、学問を、教育を、また「なんとなく学生になったこと」を否定し、私は真の学生を、それこそ血みどろの闘いの中で永続的にさがし求めていく。大学の存在は反体制の存在でなければならない。
六月一日
学問の私的所有―大学にありながら学問から疎外され、単位の取得にいそしんで「市民的欲望」を満足させていた私。学問、日本史について何ら自らのものとすることのできなかった現大学の学問。教育の状況。日本史学を岩井の学問とやらをコテンパアにやっつけて自らのものとせねばならない。そのときに大学における学生の主体が発露される。
日常化されたバリケード ― ペソと遊び談笑する慰安の場としての存在でしかなかった。少なくとも私にとってはそうであった。大学解体を叫ぶ私達にとって、あの場は現在の大学の学問批判の場でなければならない。
生きることは苦しい。ほんの一瞬でも立ちどまり、自らの思考を怠惰の中におしやれば、たちまちあらゆる混乱がどっと押しよせてくる。思考を停止させぬこと。つねに自己の矛盾を論理化しながら進まねばならない。私のあらゆる感覚、感性、情念が一瞬の停止休憩をのぞめば、それは退歩になる。
怒りと憎しみをぶつけて抗議の自殺をしようということほど没主体的な思いあがりはない。自殺は敗北であるという一片の孤独で語られるだけのものになる。
六月二日
中村とのリレーション。一体、彼との結びつきはどんな関係であったのか。彼との結びつきは単に肉体のみであったのかもしれない。とにかく訣別だ。中村についても、中村を含めた己れ自身についても考えるな。
けっきょく中村にあいたいという願いは、彼を愛するからではなく、私自身を愛する醜いエゴイズムに過ぎないのではないか。私は今そのエゴイズムの復讐をうけているのだ。あまりにも辛く苦しい復讐だ。弱く、そして、甘い私には。
「中村との訣別」とは愛におけるエゴイズムとの訣別でなければならない。中村自身を発展させ完成させる愛を私はもたなければならない。しかし、この言葉にはカッコヨイヒロイズムに酔った姿があり、純化されない矛盾と混沌、醜さがあることも私は知っている。
六月三日
中村にテレをしたがいなかった。部屋にもどった。電気のつけていない暗い部屋。当然るすのことも予想してかけた筈なのに―。雨あがりの夜空をしばらく眺めた。毎日テレしてもいないということ。どこか出歩いているということ。テレを一回もかけてこないということ。誰が考えてもハッキリしている。彼は会いたくないのだ。
一抹の期待も抱いてはならないのだ。きっぱり訣別しよう。中村の好きなシャンソンの一曲「アデュー」を暗い夜空に向かって歌った。私はあの若人のもつ明るい笑い声をとうとう失ってしまった。そして、再び「結局は独りであるという最後の帰着点」に私はいる。
西那須野の渡辺さんから電話があった。三十一日のことで母はかなりショックを受けたらしい。詳細を書くのが面倒だ。つまり闘争学生とその親との断絶の大きさだ。親は子を理解しようとするが、彼らの立場に立った理解しかできずにいる。それは親自身が自己変革を行わないかぎり当然のことだ。
母は渡辺さんにいったという。「悦子が自分で幸せだと思うことをやりなさい。お母さんは、立派なお嬢さんになりいい所へお嫁にいくという、母の考えをおまえにはもう押しつけない。それでは押えつけ、しばられたものと、うけとるだろうから。悦子は、悦子の好きなようにやりなさい。」
うれしかった。そして、この喜びを真先に伝えたかった。(誰に?)独りでしか喜びを味わえないのは寂しいから。
六月五日
私はよく「どうでもいい」という言葉を使う。ときとしてぼんやりと空でもみているとき、あるいは激しい行動のさ中、現実離れした真空の中にいるように感じるときがある。"Swimming in the cloud "そんな気持ちである。他者の存在が矛盾なく自己と同居している。そうした真空から脱したとき初めて、その矛盾に気がつくのである。
結論―私の自我はあまりに弱い。
六月九日
未熟である己れを他者の前に出すことを恐れてはならない。
マルクシズムのマの字を知らないからといって、帝国主義の経済構造を知らないからといって、現在の支配階級に対する闘いができないという理屈にはならない。私の闘争は人間であること、人間をとりもどすという闘いである。自由をかちとるという闘争なのである。人間を機械の部品にしている資本の論理に私はたたかいをいどむ。
その一方で私は私のブルジョワ性を否定して行かなければならない。
その長い過程で真の己れを形成し発展させていく。それは苦しいたたかいである。が、それをやめれば私は機械になる。己れが己れ自身となるために、そして未熟であるが故に、私はその全存在をさらけ出さなければならない。
六月十二日
現代社会に自由は存在するか。集会、結社、信仰、表現の自由を日本国憲法で認めているではないかと人はいうかもしれない。しかし、大多数の人は自己の労働力を商品として売り渡すことによってのみ辛うじて生活を維持しているという現実をどう理解しているのだろうか。彼らは労働によって、生命の充実感を感じるどころか疎外されているのにすぎない。現代の大多数にとって労働は疎外であり、生きてゆくために受ける疎外である。彼らが生きてゆくことができるか否かは、資本家が彼らの労働力を必要とするか否かできまる。では彼らにとって自由とは何であるか。
六月十四日
機動隊に現されている国家権力は私の明確な敵である。私はその物理的な力に対し物理的な肉体をもって闘ってゆく。留置場にぶちこまれ自由を剥奪されようとも、とことんまで対決を行うつもりである。だが、私は感覚や思惟という非物理的な存在でもある。物理的な対決の中で、この非物理的な自己をどれだけ確立できるか。このことを闘争の視点としなければならない。
六月十五日 快晴
一九六〇・六・一五。樺美智子は国家権力によって虐殺された。「安保条約反対」のシュプレヒコールを叫んで殺された樺美智子。現在生きるものにとって今日は何をなすべきか。
安保条約は日米軍事同盟であり、反共を旗印にした米帝のアジア侵略支配政策の凝集したものである。そして日帝は、米帝が国内、国外両面の矛盾の激化によりアジアから後退せざるをえない状況の中で、アスパックに現れたようにアジアのヘゲモニーを経済的軍事的に握ろうとしているし、そのような状況の中で、現在までの安保体制の強化をはかろうとしている。そして、学園闘争によって生じた混乱を取締り、闘争を圧殺しようと大学治安立法を国会に出している。
いま、集会に行かずに本を読んで自己の内部と対決するのと、今日の安保粉砕の集会に参加し行動するのとでは、どちらが私にとってよいことなのか、どちらが自己の質を高めるのか。
集会には何人ぐらい集まるだろうか。(学生、労働者、市民)。立命で何人くらいだろう。二〇〇人くらいかな。文闘委では、日史闘三回生では。
四・二八のときと同じコースである。あのときと今では客観情勢は違っているが、私を自身も違っている。現在では、はっきりと学園闘争を担っているし、職場反戦との連隊ももっている。
愛に関しては大きな変化があった。肉体関係がすべてを解決するという甘い幻想を抱いていたが、それは単なる物理的な結合であった。その中にどれだけ非物理的な結合をもっているのかということが、もっとも大切なのだ。孤独について、愛について、今日の闘争はどのような変化を与えるのだろうか。
国家権力―機動隊とはっきり対決する以上、逮捕されることも覚悟の行動である。御堂筋占拠をかちとれ!
六月十七日
バイトの帰り道、自転車のペダルの鈍い感覚を追っているうち、いつのまにか部屋にきていた。
中村の目の前で働きながら私は何もできなかった。中村にとり私がやっかいものの存在であるのは、私が中村に重苦しいものを求めているからであろう。今度会ったときは、楽しいおしゃべりで時をすごす方がよいかもしれぬ。友達のように、からかったり、だじゃれをいってみたり…。ふと思ったのだが、交通事故で怪我をしたら、新聞の一面に一段ぐらいででるだろうか。それによって中村は私の怪我を知り、病院にくるだろうか。こないにちがいない。とにかく一人の人間の存在がちっぽけなものであるということを言いたかったのだ。ちっぽけなものに大きさを与えようと必死にもがいてるわけなのだが。
ああ、人は何故こんなにしてまで生きているのだろうか。そのちっぽけさに触れることを恐れながら、それを遠巻きにして楽しさを装って生きている。ちっぽけさに気付かず、弱さに気付かず、人生は楽しいものだと言っている。
屋上から町並を眺めると四方を山に囲まれた箱庭のような京都の町がある。せせこましく立ち並んだ小さな家々、ばからしいほど密集している小さな存在。
六月十八日
なぐられたら殴りかえすほどの自己愛をもつこと。
ちっとも眠くない。永遠に夜が続くような静けさだ。水道の蛇口がゆるんでいるのか、ポタリポタリという音が、カチカチいう時計の音にまじって聞こえている。
人は何故生きてくのかって考えてみました。弱くて醜い人間が、どうして生きているのかって思いました。私はこの頃しみじみと人間は永遠に独りであり、弱い ―そう、未熟という言葉があります ―その未熟なのに、いやらしいエゴを背負って生きていくのかって思いました。私もどうして生きているのかと思いました。つまらない醜い独りの弱い人間が、おたがいに創造しようと生きているのだと、今思いました。いろいろな醜さがあるけれども、とにかくみんなで何かを生み出そうとしているのです。何かを創造しようとして人間は生きているのです。
人間の歴史がはじまって以来、多くの人間は何かの力に支配されながら、何かを生み出そうとし、創造してきたのでした。民衆とは私であり、彼であり、ビヤガーデンで働く人々であり、闘争している学生であり、屋上から眺めるマッチ箱のような家々に生活している人々なのです。
何を私は今まで焦っていたのでしょうか。考えるとふしぎです。だからといって民衆の市民的、日常的意識の中に埋没してしまうことにはならないと思います。それでは、私は何を創造しようとしているのでしょうか。それを考える必要があります。
民衆に依拠するといっても、民衆とは不特定多数であり、結局は依拠するものが己れなのだから、独りである己れがやはり、それらのことを自らの背中にしょっていくのだ。階級闘争、学園闘争について、私はどのように考えているのだろうか。何か民衆というものについての考え方が楽観的すぎるのではないか。彼らは、私を暴力学生という。
何かわからなくなってきました
彼に対して一体何をのぞんでいたのでしょうか
彼なんてどうでもいいのでしょうか
男なんてどうでもいいのでしょうか
永遠にこの時間が続けばよい
人々の中に入れば また
自分の卑小さと醜さと寂しさを感じるのだから
雲にのりたい
雲にのって遠くの知らない街にゆきたい
名も知らぬどこか遠くの小さな街に。
雲にのろう
雲にのって ゆれ動く青空わ、ながめよう
そこには小鳥のさえずりも深緑の木々のざわめきもないけれど
はてしない空虚な広がりがある。
雲にのろう
雲にのって ゆれ動く青空を ながめよう。
メモ(一九六九・六・一八)
さようなら
まずこの言葉をあなたに言います。(私がこの言葉をいうのに大きな勇気を必要とするのに対し、あなたがこの言葉をきいて何の驚きも感じないこと、それどころか重荷を下ろした気持ちを抱くことを、私とあなたの関係がそれだけの事であるというくらいは、私はわかっているつもりです)
この一ヶ月半は私にとって非常に苦しい期間だった。あなたに会った回数は数えるほどしかなかったが、いつもあなたを中心に毎日が過ぎていた。ここ数日、ビヤガーデンであれほど会いたかったあなたの顔を目の前にみながら、私はむなしさばかり感じ続けた。(こんなことを書いたところでどうにもならないのだ。ただ、私は前より一層さびしい独りぼっちの甘えん坊の、バカなそしてつまらぬ女の子であることを今では感じているだけだ)
今、私が最後にしようとしていることは、あなたについて私が書いた言葉をあなたへおくることです。
六月十九日 雨
「ティファニー」にて
一切の人間はもういらない
人間関係はいらない
この言葉は 私のものだ
すべてのやつを忘却せよ
どんな人間にも 私の深部に立入らせてはならない
うすく表面だけの 付きあいをせよ
一本の煙草と このコーヒーの熱い湯気だけが
今の唯一の私の友
人間を信じてはならぬ
己れ自身を唯一の信じるものとせよ
人間に対しては 沈黙あるのみ
「シアンクレール」にて。ホワイトのオンザロックを飲みながら、スティーブ・マーカスの Tomorrow never knows をリクエストして、リクエスト曲とも知らずにあまりにもピッタリくるので、その曲のジャケットを見に行ったバカな私。ずっと前、すごいニヒリズムだと思いながら一回きいただけだったが、その時と全然違った感じで本当にピッタリと私の中に入ってくる。この曲を一心同体となって聞いているものは、私のものだ。誰にもこの私のものはわたさないぞ。
この力強い黒人女(マハリァ・ジャクソン)の歌をききながら目をつぶると、暗やみに小さな体を恥ずかしげに独りで立っている愛しい女の子の姿が浮ぶ。限りなく愛しい一人の女だ。さびしがりやで甘えん坊の愛しい姿よ。私はおまえを、おまえ一人をこの世で愛す。
暗やみの中で 静かに立っている私
今日はじめて夜の暗さをいとしく感じる
暗い夜は 私のただひとりの友になりました
あたたかく私を つつんでくれます
夜は
己れのエゴを熾烈に燃やすこと!
己れのエゴの岩漿を人間どもにたたきつけ
彼らを焼き殺せ!
彼らに嘲笑の沈黙を与えよ!
ちっぽけな つまらぬ人間が たった独りでいる。
六月二十日
このノートを書くことの意味―
これまでは、このノートこそ唯一の私の友であるかのように思っていたから、誰かにこれをみせ、すべてをみてもらって安楽を得ようかと、何度か思った。しかし、今日ぼんやりとしていたとき、このノートを燃やそうという考えが浮んだ。すべてを忘却の彼方へ追いやろうとした。以前には、燃やしてしまったら私の存在が一切なくなってしまうようで恐ろしくて、こんな考えは思いつかなかった。
現在を生きているものにとって、過去は現在に関わっているという点で、はじめて意味をもつものである。燃やしたところで私が無くなるのではない。記述という過去がなくなるだけだ。燃やしてしまってなくなるような言葉はあっても何の意味もなさない。
このノートが私であるということは一面真実である。このノートがもつ真実は、真白な横線の上に私のなげかけたことばが集約的に私を語っているからである。それは真の自己に近いものになっているにちがいない。言葉は書いた瞬間に過去のものとなっている。それがそれとして意味をもつのは、現在に連なっているからであるが、「現在の私」は絶えず変化しつつ現在の中、未来の中にあるのだ。
私は人間どもをだましながら、己れを生きさせているのだ
だまされているバカなヤツラヨ
バカも愛を知っているものに対しては
お互いに だましあいつつ生きてゆくのだ。
「独りである」とあらためて書くまでもなく、私は独りである。
六月二十二日
また朝がやってきた。十九日以来の、このどうしようもない感情、うさ晴らしに酔うだけ酔って、すべてを嘔吐し忘れた方が良かったのかもしれない。
一一・三〇AM
好きなレコードをききながら、毎日を独りで過すのもいいですが、生活費だけはアルバイトで稼ぎ、自分の時間は好きな詩を読んだりレコードを聞いたり、そして時には旅に出たりするという生活もよい。
けれども闘争のない生活は、空気の入ってない風船、タマの入ってない銃、豆腐の上にのせたコンニャク、からっぽの膣、空中に向って出された陰茎ではないでしょうか。「闘争か、血みどろの闘争か、それとも死か」という言葉があります。どこかでそんな言葉をよんだことがあります。
あなたと二日の休日をすごしたい。
一日目―夜の暗さをネオンが寂しくつつむ酒場の狭い路地で、あなたを待つ。私の体をアルコールでずぶ濡れに洗い流し、私の醜さと美しさ、あらゆるものをアルコールで溶かし去り、ただあなたの安らかな寝息のそばで眠る。
二日目―疲れた体をおこして、すっかり陽の高くなった街に出て喫茶店に入る。煙草のかぼそい、むなしい煙のゆらめきを眺めながら、ベートーベンの「悲愴」とあなたの好きなブラームスのピアノ協奏曲第一番、それに私の好きなジャズをきく。スティーブ・マーカスの「明日は知らない」とアートブレーキーの「チュニジアの夜」、そして最後の別れとして、マハリァ・ジャクソンの力強いゴスペルソングをきく。
その夜、再びあなたと安宿におちつこう。そして静かに狂おしく、あなたの突起物から流れ出るどろどろの粘液を、私のあらゆる部分になすりつけよう。血とくその混沌の中を裸足で歩いていくように、あなたの黒い粘液を私になすりつけよう。そして次の朝、静かに言葉をかわすこともなく別れよう。それから私は、原始の森にある湖をさがしに出かけよう。そこに小舟をうかべて静かに眠るため。
一一・一五PM バイトを終えて独り部屋で
ジャズをきくと楽しくなる。それが唯一の楽しみだ。
バイト先で私は皮肉と悪口ばかりいっていた。これじゃ誰からも嫌われるのは当然です。
このノートに書いているということ自体、生への未練がまだあるのです。ところが、では生きていくことにして何を期待しているのかといえば、何もないらしいということだけいえる。
私が死ぬとしたら、ほんの一寸した偶然によって全くこのままの状態(ノートもアジビラも)で死ぬか、ノート類および権力に利用されるおせれのある一切のものを焼きすて、遺書は残さずに死んでいくかのどちらかであろう。
買ってきた睡眠薬は不眠症には二錠が適量だという。それでは「不信症」には何錠がよいのだろうか。長期的治療には毎日三錠一ヶ月服用とのこと、短期的治療には一時に三十錠、そうすればあなたの「不信症」は治ります。副作用のない安全な睡眠薬、赤ちゃんでも老人でも安心して飲めるタイプの睡眠薬、あなたも飲んでみませんか。九錠で一四〇円、二十錠入った御徳用もございます。
何のことはない五ミリ位の小さな粒である。こんなものはいくらでも飲めると、内心ではコワゴワ、一錠一錠と口に入れた。十一時四十五分であります。ぼんやりしているのももったいないから本でも読もうか。十一時四十六分であります。
なんとなく落ち着かない。十一時五十分であります。目覚まし時計をかけるべきか否かと考えて時計をみたら、九時三十五分でストップそのまま。十一時五十二分であります。
人間に対しては沈黙あるのみなのに、今日バイト先で悪態ばかり言っていた。まじめな受け答えじゃなかったのがせめてもの救い。
二十分たったというのにまだ眠くならないのだ。十二時五分であります。
きのう「シアンクレール」にいたら女の子が話しかけてきた。話がはずんでサイクリングに行こうということになった。琵琶湖にいくことになった。しばらくジャズを聞いたあと私は言った。
「私やめるわ。一週間も先のことどうなるかわからないし」あの女の子とつきあっていたら、いつしか裏切るようなことをするのがわかっていた。人間のつきあいには必ずウソがある。すべて流れゆく旅人の気持ちで こよなく彼を彼女を愛して通り過ぎてゆくのがよいのだ。「一週間も先のことはわからない」。全くもって正しいことであった。
今や何ものも信じない。己れ自身もだ。この気持ちは、何ということはない。空っぽの満足の空間とでも、何とでも名付けてよい、そのものなのだ。ものかどうかもわからぬ。
二十錠のんでも幻覚的症状も何もおこらぬ。しいて言えば口と胃が重くなった程度。こんな睡眠薬ってあるだろうか。といって恐れる気持ちなどサラサラない。本当に何もないのだ。雨の中につっ立って、セーターを濡らし髪を濡らし、その髪の滴が顔に流れ落ちたところで、どうということはない。
何もないのだ。何も起こらないのだ。独りである心強さも寂しさも感じないのだ。彼が部屋で寝息をたてて眠っているだろうと思ったところで、一体それが何なのか。あるいは彼女といっしょに肉体を結び合っていたところで。もし私が彼といっしょに「燃える狐」の情感をたぎらせていたとしたら。
雨が強く降りだした。どうしてこの睡眠薬はちっともきかないのだろう。アルコールの方がよっぽどましだ。早く眠りたい。二時三十分、深夜。
旅に出よう
テントとシュラフの入ったザックをしょい
ポケットには一箱の煙草と笛をもち
旅に出よう
出発の日は雨がよい
霧のようにやわらかい春の雨の日がよい
萌え出でた若芽がしっとりとぬれながら
そして富士の山にあるという
原始林の中にゆこう
ゆっくりとあせることなく
大きな杉の古木にきたら
一層暗いその根本に腰をおろして休もう
そして独占の機械工場で作られた一箱の煙草を取り出して
暗い古樹の下で一本の煙草を喫おう
近代社会の臭いのする その煙を
古木よ おまえは何と感じるか
原始林の中にあるという湖をさがそう
そしてその岸辺にたたずんで
一本の煙草を喫おう
煙をすべて吐き出して
ザックのかたわらで静かに休もう
原始林を暗やみが包みこむ頃になったら
湖に小船をうかべよう
衣服を脱ぎすて
すべらかな肌をやみにつつみ
左手に笛をもって
湖の水面を暗やみの中に漂いながら
笛をふこう
小船の幽かなるうつろいのさざめきの中
中天より涼風を肌に流させながら 静かに眠ろう
そしてただ笛を深い湖底に沈ませよう
*
昭和四十四年 六月二十四日 未明、鉄道自殺。
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