それともマイナスの影響なのか
自分が戻りたくないけど愛着がある自分が
顔を出している。
そこにいたところで
決して幸せにはなれないことは分かっているはずなのに。
私が感じていた怖さってなんだろう?
愛を選択することで進んでしまいそうな怖い場所って
いったいどこなんだろう。
こんな状態で声をかけてくれた人が
何も実りのないしょーもない話ができる人であったことに感謝。
1人に絞ってしまうことの怖さ。
自由がなくなりそうな怖さ。
その道を選んでしまったら
選んだ道に責任を取らなきゃならないかもしれない重圧。
ものすごく葛藤している。
かといって、今まで選んだ道でそんなに重い責任を感じて来たかというと
そんなことはない。
選べれば、選べたことで気持ちが軽くなって
その時々に自由に選択してこれた気はする。
選びたくない方を選んだ場合にだけ
選ばなかった後悔と
何かを倣わなきゃならないような
見えない重圧を感じて
身動きが取りづらくなっていたような気がする。
心の奥底の気持ちに従った上での選択。
幸せの匂いがする選択。
真っ当だと思う道を選んだ場合は
モデルとなる人と同じ道を歩まなきゃいけないような苦しさ。
それは自分じゃないからね。
その反対は
気持ちのままに自由な選択ができる気がする。
きっと、本当は反対。
本当はこうありたい道を選んだ時こそ
心の声に耳を澄まして
自分の選択に
自分の選んだ道に
自分が進んで来た道に
自信を持てるようになるはずなんだよね。きっと。
そして、その反対を選んだ時は
全部その反対のことをすればよいから楽なのだ。
本当はこうありたい自分を選ぶのには
変化を伴う道を選ぶのには
エネルギーがいる。
変わらない同じ場所にいるのは楽ちんなのだ。
そこには、何もないのに。
あと5日で私の日常は変わる。
その間、今味わえるものは
味わっておきたい気はする。