東京新聞は詳しく投票内容を吟味して、間違いではなかったと断じている。僕もそう思う。

ヤフーニュースでとぐろを巻いている、サンケー新聞や、その他、自民系のマスゴミの大合唱でごまかされただけだ。それと、協力のプロセスに時間を食いすぎて、肝心の選挙運動の時間が足りなかった。これは、連合の支持が離れることを恐れた、枝野がぐずぐずしていたせいである。連合など、もはや労働者の代表でもなければ国民の代表でもない。ただの大企業従業員の利害集約機関に過ぎない。脱炭素でも、脱原発でも、国民的課題には必ず敵対してくる不逞の輩に過ぎない。連合を切れ!!その先に、真の人民的連合政権が見えてくるのだ。

次期代表選にも口を突っ込んでくる連合こそ真の敵である!!

代表選出に際しては、様々な部分が半畳を入れている。誰でも自分に都合のいいようになってほしいのだから、 好きに言えばいいのだ。

ぼくとしては言いたいことがある。枝野時代、政権の批判をやりすぎた、ということを言っている部分がいる。これはどうだろう。すこしみんな、物分かりがよくなろうとしている。批判やスキャンダルをあげつらっていけないことなどあるはずがない。物分かりよくしたいのなら、野党に居る意味がないじゃないか。自民へ入れてもらえばいいのだ。(まあ、自民は入れてくれないだろうけどね。利権の分け前が減るから。)旧民主の長嶋や、静岡の元プリンスなど、いまだにすっきりしない。

むしろ僕は、自民党批判が足りないのだと思っている。足りないから、国民有権者に信頼をとれないのではないか。

共産党との協定がネックになったというのはデマだと思う。今時共産党が暴力革命を目指しているなどと考えているのはあほの極みである。共産党は、僕ら団塊の世代ががくせいだったころに、つまりとっくの昔に暴力革命は放擲し、共産主義も放擲し、ダンスしながらトイレットペーパーを勝ち取る集団になったのだ。彼らが最も嫌うのは「労働者」「階級闘争」「社会主義」「共産主義」「革命」という言葉である。僕の当時の議論の経験から言うと、彼らは、在日米軍を恐れているのである。これは自民党よりまっとうな感覚である。自民党は、国内に完全武装した外国の軍隊が展開している事態に何も感じないのである。せめて恐れよ!!

で、あれはデマである。もっと厳しく自民を批判せよ。物分かりがいいふりをするな。取り込まれるだけだ。

当ブログは何度か危惧を表明してきた。悪口に近いものもあったが、この選挙結果は僕の危惧を現したものだった。

殆ど敵失に近い総選挙、皆が良かれと思って仕組んだ野党共闘、こんな絶好の環境を整えてもらったのに、枝野立憲は敗北した。こともあろうに、数を減らしたばかりか、重要な幹部級を落とし、小沢まで危なかった。まるで、野党共闘が何の意味もなかったかのようにみえる。

僕の危惧は、端的に言って、枝野の個人的魅力がないというものだった。別に2枚目でなくともいいのだ。お、こいつはなかなかの球だぜ、と思わせる魅力が、枝野にはない。官房長官なら単に優秀であれば使えるだろう。しかし枝野は、偉そうに「政権選択の選挙だ」と吹っ掛けたのだ。だったら考えてしまう。そういうものだ。イデオロギーやなにかではない。そして今回、そういう魅力を持った政治家が何人も出ていた。悪いが枝野は見比べて落ちるのだ。

政治家というものはそうした魅力がなければ勝てないのだ。

前回政権交代の時は、民主にそうそうたる人士がいた。十分自民に勝るとも劣らない内閣の陣容がそろっていた。えだのよ、今回はそれがそろわなかった。数を減らし、自民に名を成さしめたのは君のそういう戦局眼の問題だったと思う。出直しだ。ただ、次も君らを応援するとは限らない。有権者大衆も目が肥えてきている。今ここで立民内部から枝野を下ろし、別の戦線を組み替える、という動きが出なければ、君たちは終わりだと思う。