代表選出に際しては、様々な部分が半畳を入れている。誰でも自分に都合のいいようになってほしいのだから、 好きに言えばいいのだ。
ぼくとしては言いたいことがある。枝野時代、政権の批判をやりすぎた、ということを言っている部分がいる。これはどうだろう。すこしみんな、物分かりがよくなろうとしている。批判やスキャンダルをあげつらっていけないことなどあるはずがない。物分かりよくしたいのなら、野党に居る意味がないじゃないか。自民へ入れてもらえばいいのだ。(まあ、自民は入れてくれないだろうけどね。利権の分け前が減るから。)旧民主の長嶋や、静岡の元プリンスなど、いまだにすっきりしない。
むしろ僕は、自民党批判が足りないのだと思っている。足りないから、国民有権者に信頼をとれないのではないか。
共産党との協定がネックになったというのはデマだと思う。今時共産党が暴力革命を目指しているなどと考えているのはあほの極みである。共産党は、僕ら団塊の世代ががくせいだったころに、つまりとっくの昔に暴力革命は放擲し、共産主義も放擲し、ダンスしながらトイレットペーパーを勝ち取る集団になったのだ。彼らが最も嫌うのは「労働者」「階級闘争」「社会主義」「共産主義」「革命」という言葉である。僕の当時の議論の経験から言うと、彼らは、在日米軍を恐れているのである。これは自民党よりまっとうな感覚である。自民党は、国内に完全武装した外国の軍隊が展開している事態に何も感じないのである。せめて恐れよ!!
で、あれはデマである。もっと厳しく自民を批判せよ。物分かりがいいふりをするな。取り込まれるだけだ。