原発の汚染水を、アルプスで処理した水を、断じて「汚染水」ではないと押し切ろうとする一部の原発村住人の態度は良くないと考える。

むかし、大戦のみぎり、敗退を転進と呼び、敗戦を終戦と呼び変えて、事態をごまかそうとした悪癖が、またぞろ顔を出している。実に恥ずかしいことである。処理しようがすまいが、汚染水は汚染水であり、実体はかわらない。これを公海へながしていいものかどうか、はきちんと議論すべきものである。科学的に実証すべきであるが、それを政治的に押し流し、まるで大手を振って流すのだと言わんばかりの原発村住民の態度は良くない。誰がどんな方法でこの汚染水は安全だと言い切るのか。我々日本人はかつて、水俣病というトンでもない失敗を犯してしまった過去をもつ。この時の我々の失敗に照らして、この度の汚染水問題に対処していかなければならない。つまり、常識的な科学知識、医学的知識でだけ判断しては大きな禍根を残すという経験をしているのである。どこでどんな風に濃縮され、どんな風に変性され、どんなものに変化していくか、またその時間はどれくらいか、しっかり研究すべきものである。それをあの海洋投機主義者たちは多分何一つやって居ないのだろう。君たちは、国家権力を後ろ盾にしているのだから、こういうことはできるはずであり、やるべきである。その義務と責任を負っているはずなのだ。ふくいち事故から何年経っていると思うのだ。やるべきことをちゃんとやってくれ。言い換えやごまかしではどうにもならないのだ。‼

 

みんながいろいろ言っていて、何も付け加えることないと思っ  ている。

僕が感じているのは、政治の世界での世襲問題、経済の世界でいえば、同族会社の

問題。

いずれも公器。公のものであるのに私物化しているために、とんでも ないことが起きている。

日本がダメになっているのはしているのはここいらの連中の存在が原因であると思っている。

いいのだ、制度としての世襲、同族会社はあってもいい。だがそれは、当事者たちがうんと注意して、否定的な事態にならぬよう気を付けていくという条件付きだ。否定的な事態とは、すでにいくらでも例があり、知識人たちが分析もしている。それを、他人事でなく、自分のことだとかみしめる必要があるだろう。僕は今、戦国武将のことを調べている。

武田信玄の後継、四郎勝頼。上杉謙信の後継、景勝。信長の長男,信雄。はっきり言って、ろくな最期を迎えていない。親が優れていても、子が優れていると限らない。世襲というのはもろい。公を支える人は、深く考えるべきであろう。民主主義という制度は、完ぺきではないかもしれないが、やはり意味があるものと思う。

本日はここまで。

 

 

米国は、クラスタ-ばくだんを、ウクライナに供与するという。バカなことを言うな。あれは、

「あとは野となれ山となれ」的な、ヤケクソ武器ではないか。ぜれんすきー他ウクライナの諸君は、勝とうが、負けようが、この土地で生きていかなければならないのだ。ヤケクソで、あんな危険なものを自国の土地に巻いていいものか。そんなことをゼレンスキーはやるだろうか。もしやったとしたら、ゼレは世界中から、物笑いの対象となる。バイデンは世界中から非難されなければならない。

 

昔日本がボロカスに敗戦していたころ、アメリカは余ってしまって、もう使い道のなくなった、駆逐艦その他の艦艇を日本に押し付け、無理やりに、海軍を再興させ、自衛隊の芽を作った。つい先日、トマホークか何か知らないが、ミサイルの在庫を整理して日本に売りつけた。岸田は平身低頭して、無理やり予算を工面した。実に嘆かわしいのだ。日本に愛国者は居ないのか??こら成田、こんなことやってるから、また団塊の老人が、戦わなばならんのか!

ほんなごつ情けんなか!