原発の汚染水を、アルプスで処理した水を、断じて「汚染水」ではないと押し切ろうとする一部の原発村住人の態度は良くないと考える。
むかし、大戦のみぎり、敗退を転進と呼び、敗戦を終戦と呼び変えて、事態をごまかそうとした悪癖が、またぞろ顔を出している。実に恥ずかしいことである。処理しようがすまいが、汚染水は汚染水であり、実体はかわらない。これを公海へながしていいものかどうか、はきちんと議論すべきものである。科学的に実証すべきであるが、それを政治的に押し流し、まるで大手を振って流すのだと言わんばかりの原発村住民の態度は良くない。誰がどんな方法でこの汚染水は安全だと言い切るのか。我々日本人はかつて、水俣病というトンでもない失敗を犯してしまった過去をもつ。この時の我々の失敗に照らして、この度の汚染水問題に対処していかなければならない。つまり、常識的な科学知識、医学的知識でだけ判断しては大きな禍根を残すという経験をしているのである。どこでどんな風に濃縮され、どんな風に変性され、どんなものに変化していくか、またその時間はどれくらいか、しっかり研究すべきものである。それをあの海洋投機主義者たちは多分何一つやって居ないのだろう。君たちは、国家権力を後ろ盾にしているのだから、こういうことはできるはずであり、やるべきである。その義務と責任を負っているはずなのだ。ふくいち事故から何年経っていると思うのだ。やるべきことをちゃんとやってくれ。言い換えやごまかしではどうにもならないのだ。‼
