人生とは時に残酷なものでありまして。
人の忠告というのものは聞いておけばよいと思うのでありまして。
でも若い時分の自分というものはそんなの平気だよー きゅるりーん!! とかふざけてしまうのでありまして。
前回どこまで書いたのかさっぱり分からなくなりまして。
なぜ分からなくなったかというと、たった今というかサキホド、人生におきまして初めて「あなたの上から目線がとっても嫌」とか言われてしまいまして。
ついでに「今までの人生でそういうこと指摘されたことないんじゃないの? あとね、趣味の園芸は気持ち悪いから辞めて」といわれまして。
そりゃもう全力の人格否定をされまして。
私は正体を明かしますと19歳の善良なモデル系美人でありますから、常日頃言動には気をつけているのでありまして。
だからこそ、その言い分に対して「大変申し訳ございませんでした。以降気をつけます。 私の言い方で不快な思いをさせてすいませんでした」
と返答したところ、「言い方の問題じゃないの、上から目線ってことなの」とまたもや話をぶり返しまして。
それから始まる私の人格否定大レース。
大体にして、私キュルリンな19歳、その人50歳女性。
この年齢差からして何をどうやって上から目線でモノを話せるというのでしょうか。
詳しく聞いてみたところ、「その服、いいですね、欠点がどこにもないですよ」という言い方が相当に腹がたったみたいで。
さてこの事例から何を教訓とできるのか。
まず初めにその50歳女性に接する前に、その上司筋の人間から「あの女性はちょっと精神的に問題があるから気をつけろ、外見と言動に騙されたらいけないからな」と忠告を受けたことを思い出しました。
その忠告が命令口調だったために完全にスルーしてしまう所から悲劇が始まったわけで。
どんな出来事にも予兆というのがあるのです。
今あるその苦しさも喜びも何らかの予兆があって発生しているとどこかの偉人さんが言っていました。
人を見るときに大事なことは、誰にでも平等な態度なこと・笑顔が多い 以上2点だと思います。
それと人の根幹は家族なわけだから、家族関係が良好なこと、良好でなくても良好になろうと努力しているきゅるりんな人。
これも又相当において大事なことだと感ずるのですから、私、今からツィッターで上記の人を探す旅に出ようと思います。
よろしくお願いします。
つづく。
