『同病と思えるブログを読んで』
ここ最近、しばらく止めていたネット情報の検索を再開してます
主にブログだが、中には医療情報なども
気付くのは、同病者本人が書いた(書いてる)ブログが少ないこと
あっても病状悪化等で記事の更新が途絶えてしまったり、もう書けない状態にあるんだろう、と想像できます
それに比べて本人を介護されてる方のブログは、頻度は少なくても更新されてるものがあり
ほぼコミュニケーション能力が落ちてしまった本人に変わり、多岐に渡り記事を書かれているようです
当初、弧発性の皮質性小脳萎縮症と主治医から説明を受けて、脊髄小脳変性症の中の皮質性〜と病名がついた方のブログ等検索したが、意外に皮質性〜の方が少ないのに驚きました
よく見かけるのは、弧発性でも多系統萎縮症や遺伝性の方
皮質性〜の人ないよな〜
そんな事を感じながら、ブログを続けていくと、ほんの数名ではあるが、皮質性〜と言われた人に出会う事が(ブログで)あり
また偶然、現実に皮質性〜と思われる人と同じデイケアに通う
現在は、私は多系統萎縮症となったが、思い返すと、明らかに違う、と素人目で見ても判ってしまう
もちろんMRI画像を見れば医学的に明確だか、この多系統萎縮症については初期時、皮質性〜と診断される場合がある、と言う
私の場合、漏れなくこのケースに当たるが、はっきりする迄はモヤモヤと辛かったことは事実です
そのせいで何処か主治医に対して、半信半疑です
私が見た感じでは、皮質性〜と言われた人は、自律神経障害、錐体路障害、小脳、の症状が3つ共揃わないんだなぁ、と思いました
初診時、私は小脳症状だけ、と思っていたが、すぐに主治医から錐体路障害を言われたことを思い出した
はっきり言われた訳ではなかったが、それって錐体路障害?と今なら理解出来るようになった
そして決定的に自律神経障害を起こしてる以上、多系統と言わざるを得ない
でも、皮質性〜の人は小脳症状で止まってる、進行はしても緩行で発症から数年経っても杖で歩ける人が多いようだ…
診断時、医者からこの病気の説明を受けて、いずれ車椅子、寝たきりと聞いた瞬間、未来が真っ暗になってしまった
もしかしたら、明日歩けなくなる?
半年後?1年後?と漠然とした不安に押し潰されそうになっていても、半年経ち、1年経ち…数年経って、ふと過去を振り返ったとき、病は確実に進行していても、明らかにそのスピードが違う
あぁ、やっぱり違うんだなぁ、と現実に戻り、行く末の不安をまたしみじみと味わう
多系統萎縮症で70オーバーの女性
人工呼吸器をつけて今年で14年になるそうだ
ほとんどコミュニケーション能力がない状態での14年間は、どんな気持ちで日々過ごして、またこれからも過ごすのだろう
診断後、6年で亡くなった女性は、人工呼吸器も胃ろうも拒否していた
どちらもご主人が献身的な介護をされてて、前者の方は、奥様の介護の他にご自分の90過ぎの母親の介護も同時にされてる
私はどちらも否定はしないが、14年も話せない状態は辛過ぎる
自分なら嫌、と思うけど、もし今人工呼吸器が必要なら、受け入れてしまうと思います
その女性だって14年間、人工呼吸器のお世話になるとは思っていなかっただろう、結果として14年の月日が経ってしまったと思いたい
この2人の共通してることは、どちらも誤嚥性肺炎を何度も経験していること
きっと避けて通れないんだろうな
どうして、こんな事考えるのか
4番目の叔母のお見舞いに行った時
また、お墓の話になり
叔母が
私が死んだら、両親が入ってるお墓に入れて欲しい
これは遺言と思って欲しい
う〜ん、そんなに○○家の墓は、人気があるのか…
お墓も心配だが、生きていくのも大変なんだけど、それにタダじゃお墓に入れないのよ
まずはその心配をしておくれ
と、切実に思う
もう感傷には浸れないなぁ


