以前の記事にも、最近ノスタルジーに惹かれてる、と書きました
NHKドラマの影響を多々受けてる、だけだと思ってますが、最近は、発声練習やリハビリも兼ねて声を出して読んでます
カラオケがリハビリに向くようですが、ちょっとそれは無理なので、地味に音読を(^▽^;)
高村光太郎詩集の中で、やはり心に響くのは奥様の智恵子さんの事を綴ってる詩
代表的なのは、「レモン哀歌」
智恵子さんの亡くなる時の様子と心情が切なくて、その時の情景が浮かんで来るよう
今回読んだ『道程』の中に、病を発症した時の様子が書かれた詩に、とても感慨深い物を感じました
「値ひがたき智恵子」というタイトル
その最後の一節
〜智恵子はもう人間界の切符を持たない。
という文で締めれてる
この一節を読んで、私も実感した経験があります
息子も同じ病、病状の酷かった時は本当にそう思ったし、未来など自分にも息子にもない、と思ってました
智恵子さんは45歳頃、統合失調症を発症して7年くらいで亡くなってますが、明治時代の日本の医療水準からすれば、長生きの出来る病ではないんだろうなぁ、と思います
息子は今25歳、13歳で発症、その後20歳になって精神障害者2級を取得して、現在は作業所で自分のペースで、心穏やかに生活してます
病気の性格上、感情のヒダに触れるような接し方は出来ないので、態度や言葉遣い等で気持ちを察してます
まだ、私の病気のことは息子には伝えられずにいますが、いずれは・・・言わなくてはいけないと思ってます
恐らく、私が医師から病名を告知されるより、息子の方がショックを受けるであろう、と予想してます
心のキャパが越えてそう
また、それを受け止める主人の心情は、想像し難いものだと感じてます
・・・そんな事をこの詩集を読んで(音読)したら、考えてしまいました
息子の病気の話は、一度は話しておきたいと思ってました
息子と同じ病で、アメブロに記事を書かれてる人もいますね
月並みな言葉しか思いつきませんが、自分らしく生きて欲しいと思います

